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2012.08.16

変化とは捨てること

こんにちは。スマイラです。

8月12日の日経新聞に、面白い記事が載っていました。

読まれた方もいらっしゃると思いますが、「世界的ベンチャー 日本で生まれるか」というテーマで、米MITメディアラボ所長の伊藤穣一氏と、慶大院特別招聘教授の夏野剛氏が対談をしている記事です。

この対談記事の中で、私が面白いと思ったのは、夏野氏が「あらゆる社会システムは変化を求められ、会社も進化しないといけない。『創業時のマインドを忘れるな』という経営者がいるが、『忘れろ』と言いたい。」と言っていることです。

時代の変化が速くなったことによって、おそらく多くの企業のみならず、あらゆる組織体で「変化」ということが重要なテーマになっていると思います。
私がこれまで勤めた組織でも、「変化云々・・」ということはさんざん言われていました。

しかし、世の中を見渡してみて、変化がそれほど上手にいっていないのは、私の勤めていた組織での経験や、友人の働く組織の話、もっと大きく言えば日本の政治システムなどを見ても、明らかなように思われます。

私が思うに、「変化」が困難なのは、過去の蓄積の廃棄を要求されるからです。
過去の蓄積を廃棄するということは、要するに既得権益を放棄するということです。
これが人間や組織にとっていかに困難なことか。
人は他人の既得権益に対しては、容易に「放棄しろ」と言えますが、そういう自分自身の既得権益を放棄するのは強硬に拒むものです。

夏野氏の発言の「創業時のマインドを忘れろ」というのは、その要諦を示唆しているように思われます。

つまり、変化の要諦とは「何かを捨てること」にあると思うのですが、蓄積を長年続けてきた社会では、それ自体がすでに最困難事項になっています。
荷物が増えて、身の重くなった状態では、動きが遅くなります。だから捨てなければいけないのですが、捨てるのは忍びない。
そして、捨てることができず、変化することができず、淘汰されてゆく、というのが、これまでの歴史の繰り返しであったように思います。

ちょっとたとえが大きすぎるかもしれませんが、ベルナルド・ベルトリッチ監督の「ラストエンペラー」は、私の好きな映画のひとつです。
この映画では、それまでの蓄積を捨てずに何とか清国を生き延びさせようと多くの人がもがきますが、結果としては列強に蹂躙され、最後には大清帝国が歴史から淘汰される姿が描かれています。

変化の本質が「捨てること」なのだとしたら、捨てるか、淘汰されるか、という二者択一です。淘汰される方を選ぶのならともかく、生き残る方を選ぶのなら、捨てるしかない。

あとは何を、いつ、捨てるか、です。
私たちの考えるべきことの本質は、突き詰めればここに辿り着くのではないでしょうか?

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