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2014.10.14

努力の水準

こんにちは。スマイラです。

二週連続の台風でげんなりしてしまいますが、私の住んでいる地域では、先週に関していえば、土日は快晴、月曜の体育の日は午後から雨、夜になってから豪雨という感じで、お休み自体には大きな影響はありませんでした。
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金曜夜の秋葉原です。

三連休の前の金曜日、今年の弁理士論文試験に合格し、口述試験に挑む後輩と、もう一人の後輩を交えて3人で会いました。

おそらく試験前に会うことができるのはこれが最後だと思われるので、問題を出したり、自分の口述試験のときの経験を話したりしました。

以前は(といっても私が受ける前というぐらい「今は昔」のことではありますが)、受けた人のほとんどが合格するといわれた口述試験も、今は本格的に「落ちる」試験になっているといわれます。私が合格したときは3割が不合格になりました。

弁理士試験は一次試験のマークシート、二次試験の論文、三次試験の口述と、問われる知識は同じですが、問われる能力が相当に異なります。やってみると分かりますが、「塗る」のと「書く」のと「話す」のとでは、全然違う能力を要求されるのです。

ですから、知識も実力も十分なのに、口述だけなぜか何回も落ちてしまうという人もいます。

昨年の口述で涙を飲んだ受験生は、そこからほぼ一年間口述専門の勉強を積んできているわけで、彼女はそういう人たちを相手に戦わなければならないのだから大変だと思いますが、運と努力を味方にして合格を勝ち取ってもらいたいものです。

世の中のありとあらゆるものが、実力どおり、能力どおりに決まるほど単純なものではないということは、私ぐらいの年齢になれば誰でも分かってくることですが、彼女と話して「それでも・・・」と感じるところがありました。

今回は試験の話しなので、その譬えで話しを続けますが、おそらく不合格になっている人たちは、合格者がどれほどの努力をしているのか(もう少し露骨な表現をすれば「どれほど多くのものを捨て、諦めているのか」)がリアルに想像できていないのではないかと思います。

これは別に試験に限りません。

どんなものであれ、成果なり結果なりを出そうと思うなら、まず成果や結果を出している人たちがどの程度の水準の努力をしたのか、ということを謙虚に直視しないと、前に進むことはもちろん、前に進むべきか撤退すべきかの決断さえできません。

「勝負は時の運」といいますが、「時の運」に持ち込めるだけの水準並みの努力は不可欠なことだと感じたものでした。



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