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2014.08.02

不寛容の速度

こんにちは。スマイラです。
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どこをどう辿って着いたのか分かりませんが、偶然こんな記事をネットで見つけました

「子供がうるさいので電車降りてくれませんか」と母親に言った女性会社員の行動について議論
「出社する時の地下鉄で、『子どもがうるさいので降りてくれませんか。みんなこれから働くんですよ』と親子連れに意見したOLに遭遇。泣きそうな顔で子どもを連れて降りたお母さんに勝ち誇った顔をしたOLに嫌悪感。スーツ姿でパリッと決めたキャリア志向さんなんだなぁ。」

私はこの記事を読んで、皮肉や嫌味ではなくて、これだけ自分のしていることのみ価値があると深く信じきれることを「凄い!」と思いました。

思うに、きっとこの攻撃的な女性は、仕事での評価も高いと思いますし、実際にその評価にたがわぬ成果を上げておられると思います。

たいてい、多様な価値観を切り捨てて、単一的な価値に資源を集中させることが、少なくともある程度の短期間においては、ものごとを最も効率的に進行させる最善の方法であることは認めざるを得ないからです。

けれども、この世の中は単一の価値観を持った人ばかりで構成されているわけではないし、人によって置かれている状況も悉く異なります。

そして、これが一番肝心なところだと思いますが、その価値観に単純に優劣をつけることは、誰を以てしてもできません。できないものはどうやってもできないのです。そこはこの女性も諦めなきゃしょうがない。

お金を稼ぐ「仕事」が、一文にもならない「子育て」より価値がある、なんて、誰も決めることはできないのです。

この女性がどのような人生を歩んできて、これから歩むのか、さっぱり分かりませんが、赤の他人である私であっても「これだけは間違いない」と言い切れることが二つあります。

ひとつ目は、誰も好きこのんで通勤時間帯の混んだ電車に幼児連れで乗ろうとは思わないこと。つまり、このお母さんは他に選択の余地がない中でやむを得ず混んだ通勤電車に乗っているであろうこと。

ふたつ目は、誰も好きこのんで自分の子供を(まして混んだ通勤電車の中で)泣かそうなんて思わないこと。さらに言えば、乳幼児は通勤電車のような(少なくとも乳幼児にとっては)非日常的空間や慣れない環境では、精神面が不安定になり、泣き出しやすくなること。そして、一旦泣き出したらそう簡単に泣き止ませることはできないこと。

この女性が何歳か分かりませんが、一通りの教育を受け終えて社会人になっているのでしょうから、たとえ経験がないとしても、これぐらいの想像力は働かせてほしいもんですし、自分だって何十年か前は泣きながら大きくなったんですから、その程度の寛恕の心は持ってほしいものですよね。

じゃないと、どんなに仕事をがんばったところで、多くの人から慕われるような人間性は持ち得ないんじゃないでしょうか?そして、人に慕われない人がどれほど仕事ができたとしても、そりゃ哀れなもんですよ。少なくとも(良し悪しは別として)組織では何の評価もされないんじゃないでしょうかね?

それにつけても、この話といい、以前も書いた保育園の話といい、社会から寛容さがこれほどまでの速度で消失されていっていること、そして、その不寛容を口外したり行動したりすることにまるっきり抑制や躊躇がなくなってきていることに、私はシンプルな恐怖感を覚えています。

うちの子どもたちはもうそこそこ大きくなったからいいようなものの、子どもたちがその子ども(私から見たら孫)を産み育てる頃には、この社会がどれほど寛容でなくなっているかと思うと、大げさではなく背すじが寒くなるような心地がしますよ。



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