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2014.07.17

手で書く効用

こんにちは。スマイラです。
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昨日の「つけペン」に関連したことを少し書こうと思います。

私は文房具とか筆記具が好きな人間であることはまったく否定しませんが、「手書き」に特別な思い入れや宗教的情熱(笑)を持っているわけではありません。

手書きで書くのは思いや情熱の問題ではなくて、単に好きだからです。

ときどき「指先が第二の脳のように働いて、巧まぬ言い回しが流れ出る。キーボ-ドではこうはいかない。」というようなことを書かれている方もいますが、そんなふうには全然考えていません。

単なる世代の「慣れ」や「習慣」の問題だと思っています。

ディジタルネイティブの世代になれば、手書き云々という議論自体が意味のないものになると思っています。

それはつまり、現代の仕事で「硯をすって筆で書くべきか、墨汁でもいいのか、はたまた万年筆で書くべきか?」なんて誰も考えないのと同じように、です。

そう言いつつも、最近「手書きの効用」のひとつを発見しました。

私は、頭で考えたり悩んだりしているよりも、ちょっとでもいいから体を動かした方が話しが早いと確信している者のひとりです。

たとえば「仕事をどう進めるべきか?」「どこで仕事をするか?」「いつから始めるか?」なんて考えているぐらいなら、どんな小さなことからでもさっさと着手した方が、問題点や改良点もはっきりしてくるし、そうなれば良し悪しは別として、やる気が出てくると確信しています。

最近、もしかしたら「手で書く」という「行動」は、最小単位(ミニマム)の行動として機能しているなということに気がつき始めました。

いつか取り掛かろうと思いつつ、延び延びになってしまっていたことの取っ掛かりの部分だけを、実際のアウトプットとして使えるかどうかは別として、ノートに手で書いていたら、あれよあれよという間に終わってしまった、ということがしばしばありました。

最小行動としての手書きであれば、キーボードでもいいような気もするのですが、そこが「手書き」であることは、やっぱり私の世代の慣れというものなんでしょう。

私の世代では、手で書くことと、頭で考えることが、長年の習慣の中で直結させられているのだろうと思います。

だからすべての世代に共通して言えることではないのかもしれませんが、まあそうですねー、「昭和生まれ世代」の人は試してみてもいいんじゃないかと思います。案外効き目がありますよ。



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