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2012.08.10

ブリってこんな魚だったの!?

こんにちは。スマイラです。

次男がお祝いでいただいた図書カードで、先日、魚の図鑑を買ってきました。

営業時代に勤めていた会社の後輩で、長年、ウチの子供たちを可愛がってくれている後輩が、長男が高校に入学したお祝いに図書カードをくれたのですが、その時に、次男の小学校の入学祝いをまだあげてなかったから、と律儀にいただいたものです。

次男の入学は去年でしたが、私が受験勉強中で、ついつい連絡が疎かになっていた期間だったため、こんな感じになってしまいました。

次男は、図鑑を買ってきて、しばらく一人で読んでいたのですが、夕食後の落ち着いた時を見計らって、読んでくれと言ってきたので、一緒に図鑑を読み始めました。
そして、ブリのページを見たときに次男が言った言葉が、今日のタイトルの言葉です。

次男は、あまり偏食がありません。魚や野菜も何でも食べますし、キュウリのぬか漬けや魚はむしろ好きな方です。長男や長女は、結構食べられないものが多いので、次男はよく「おれは食べられる」と自慢しています(笑)。

だから、ブリもこれまで何度も食べてきているのですが、全身像?を見たのは図鑑が初めてだったようです。それで、その大きさと姿に驚いた、というわけです。

そう言われて考えたのですが、最近では、魚屋でも、魚を丸のまま売っているのは少なくなったと感じます。
私が子供のころは、近所の魚屋さんで、鰯も鯖も鯵も、たいていの魚は丸のまま売っていたように記憶しています。
私が子供時代を過ごしたのは、海にほど近いところでしたから、そうだったのかもしれませんが。

「最近の子供は、魚が切り身で泳いでいると思っている」というような表現で、最近の子供を揶揄する言辞がしばしば見られます。
そういう言葉を耳目にするたびに、私は、変な優越感を持った嫌な言葉だなあ、と感じます。

切り身を望んだのは子供たちではありません。海や川で釣りや川遊びをできなくさせたのも子供たちではありません。外で遊ぶ場を無くしたのも子供たちではありません。
すべて、大人が望んだことです。

私の信念というか、ものを考える基礎条件なのですが、すべての人間は時代の子であり、その束縛から容易に逃れることはできない、と思っています。時代は所与の条件、ということです。
であれば、そういう時代を作った先の世代、つまり、我々こそ責められるべきであって、責められるべきは魚の丸の姿を知らない子供たちではありませんし、外で遊ばなくなった子供たちでもありません。
少なくとも、その先の世代=今の大人たちに、子供を揶揄する資格なんて、これっぽっちもない、と思っています。

以前、テレビで見たのですが、都会の小学校の子は、カエルの鳴き声を聞いても、何の音なのかが分からないのだそうです。

私たち大人がなすべきは、それを嗤うことではなくて、どうしてそういう時代になったのかをよく考え、では、これからどうするかを各自がしっかりと考え、次代に渡していくことなのではないかと思います。

ちょっと難儀な話になってしまいましたが、ご意見をお聞かせいただければ嬉しいです。

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