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2014.03.30

PDCAサイクル その2

こんにちは。スマイラです。
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ジョギングコースのひとつの、多摩川に架かる稲城大橋です。

さて、昨日の続きで、この本のレビューです。

残業3時間を朝30分で片づける仕事術残業3時間を朝30分で片づける仕事術
(2011/07/16)
永井 孝尚

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米国人のスタイルは、PDCAを高速で回転させることを前提にしていて、それを実現するために、計画(Plan)は大雑把に立て、すぐに実行(Do)する、ということを書きました。

たしかに、日本の会社に何年か席を置いた私も、やたらと会議や話し合いが長く、かつ頻繁で、実行するに当たっても、誰がやるか、誰が責任を取るかというようなことばかり、つまり「Plan」段階を延々と話し合ってて、ちっとも進まないということがしょっちゅうでした。今思い返してもホントに下らなかったなー・・。

ちょっと話が逸れますが、独立して何が良かったといって、あの下らない会議の時間が1秒もなくなったというのが、時間的にも精神的にも一番です(笑)。

この本には、米国がこのようなPDCAサイクルのスタイルになった理由をこのように書いています。

「米国がこのようなスタイルになったのは第二次大戦後だそうです。詳細な戦術計画を持つ部隊よりも、大まかでも柔軟性を持つ戦術計画を持つ部隊のほうが、高い勝率であることがわかり、これをきっかけに『大雑把な計画策定、迅速な実行、結果を見て柔軟な修正』という考え方が広まったということです。」

これを読んで、私は「なるほど!」と思いました。

製造業で世界経済を席巻していた日本が廃れ、IT革命と金融革命で米国が好調になっていったのは、たぶん1990年あたりからだと思われますが(大きくとらえれば、ここらへんが世界経済が第二次産業から第三次産業に転換していった時期になるんでしょうか?)、そのころよく言われたのは、ゴルバチョフとブッシュ(先代の方です)の間で冷戦が終結し、米国で軍に取られていた頭脳をはじめとする人材が民間に出てきて、ITや金融工学などの研究をぐいぐい進めていったから米国でイノベーションが進んで好調になったというようなことでした。

たしかにそういう要素が一番強いのだろうとは思いますが、この米国のPDCAサイクルの進め方や、以前何かの本で読んだ第二次世界大戦中の米軍による日本の分析や研究などを見ても、こういうところの米国の強さは大したものだと思いますし、実は第二次大戦中から1990年以降の米国好調の萌芽はあったのだな、と思わされます。

そもそも上述の第二次大戦中の分析(詳細な戦術計画を持つ部隊よりも、大まかでも柔軟性を持つ戦術計画を持つ部隊のほうが高い勝率であること)すら、PDCAサイクルのひとつの「CHECK」を精密にした帰結ですものね。

失敗を恐れずにとりあえずやってみることとか、情や先入観に振り回されずに目の前にある事象を冷静に分析することなどについては、米国の知性は秀でているなと思うことがしばしばですし、見習うべき点は多いんじゃないかなと思っています。



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