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2014.02.18

経験の差 その3

こんにちは。スマイラです。

今日の東京もいい天気でした。

先週末の雪では、東京競馬場の積雪が48センチ!だったそうなので、ウチの周りもそれぐらい積もったのだと思います。

今日は打合せがあり、松任谷由実さんの歌で有名な、中央フリーウェイ(っていうといつも見ている道もちょっとおしゃれに感じますね(笑))の下の道を通り、右に見える競馬場を過ぎて、左のビール工場を正面に見ながら、自転車で走ったのですが、高速道路の下は完全に日陰になっているので、まだまだたくさんの雪というか氷が残っていて、本当に怖いです。

もう雪はカンベンですねー。

さて、昨日の続きです。

辛い経験を自分の身でした人ほど、堂々と理想主義的な意見を述べることが多いと感じるということを書きました。

卑近な事例で(そして、以前も書いた内容で)恐縮ですが、聞いた限りでは、私の祖母は戦争中に死ぬほどというか、死ぬよりといっていいぐらい辛い経験をしました。いえ、祖母に限らず、祖母と同世代の庶民の女性は、たとえば最愛の夫や、お腹を痛めて生んだ子どもを亡くすなど、同じぐらい辛い経験をしているはずです。

その祖母は「戦争は二度とやりたくない」と言っていました。私は何度も祖母からこの言葉を聞きました。これまた、「理想主義的」な言葉ではありますが、同様の経験をした人たちの率直な心情だろうと思います。

一方で、本当の戦争を、誰か(たとえば親)の庇護下にある状態ではなくて、自分で自分の身を養わなければならない状態で経験したことのない人たちからは「今の若いやつらはなってない。戦争のような厳しい経験をしないとダメなんじゃないか」というような「戦争必要論」を聞いたことが、私は何度もあります。

見てないからこそ、経験していないからこそ、臆面もなくいえることなのだと思いますが(そもそも本当に辛い体験をした人たちって、そのこと自体を話したがらないですよね)、実体験の裏づけのない言葉というのは、薄く軽いものです。

居酒屋でおっちゃんがくだを巻いて、よく回らない呂律でこんなことを言っているぐらいならいいんですが、今、世の中全体に「誇り」とか「自信」とかいう美辞麗句の裏側で、そんな軽い言葉と、それを安々受け入れる空気がうっすらと広がっているような気がして、ちょっと嫌な感じを持っています。



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