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2013.04.02

傲慢と卑屈

こんにちは。スマイラです。

ちょっと前のものですが、こんな記事をネットで見かけました。
悲観主義の日本人

たしかに今の日本は悲観主義的傾向が強すぎるように思います。

そして、悲観主義の先に続くのは、明るい未来ではなく、極端な保身主義に伴う内向き志向や、自分だけ良ければという利己的傾向であろうことも理解できます。

そういった傾向が強まるのに伴って、社会全体がシュリンクしていることも、日々感じます。

けれども、問題の本質は単なる「悲観主義」だけではないように思います。

恐らくこういった問題の本質は、日本人は(他の国の人もそうなのかもしれませんが、それはこの際関係のないことです)、傲慢と卑屈、過大評価と過小評価の振幅が大きすぎることなんじゃないでしょうか?

そして、そのように振幅が大きい原因は、過大にせよ、過小にせよ、日本人が自力で自己を評価することを避けて、周りの評価ばかりを鵜呑みにしすぎているからではないでしょうか?

マスコミに書かれたり、外国から言われたりすると、賢しげな人たちが「そうだ、そうだ」という雰囲気になり、みんなが一斉にそっちに向かってしまう。

いかにも胡散臭そうな情報でも、テレビや新聞に「こうだ」と言われると、自分で検証することもなく信じ込んでしまう。

そういうやり方をしていては、自己評価を正しくすることは、とうていできないと思います。

悲観主義を脱することは大事だと思いますが、バブル期を見た私からいえば、だからといって、楽観に走りすぎるのもどうかという気がします。

「日本は美しく素晴しい国だ」というのも、「日本は汚くて酷い国だ」というのも、主張は正反対であっても、その根本のところ、つまり評価手法は何ひとつ違わないように思います。

ずうっと前から、私は「極端なものは概ね間違いである」ということを自分の信条にしてきました。

この世のほとんどすべてのものは「良いところもあるし、直した方が良いところもある」というのが本当のところだと思います。

だから、どこが良くて、どこを直した方がいいのかを、丁寧に考える必要があります。

極端に言い切ってしまえれば、その都度、自力で判断する手間が省けて楽ではありますが、そのちまちまとした手間を嫌えば、その後、もっと酷い困難が来る、というのは、経験上ほぼ間違いのないところではないかと思っています。



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