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2012.12.13

移動権

こんにちは。スマイラです。

先日も少し書いたこの本の最後の章に「移動権」という言葉が出てきます。

それでも、自転車に乗りますか?(祥伝社新書261)それでも、自転車に乗りますか?(祥伝社新書261)
(2011/12/07)
佐滝 剛弘

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日本ではあまり聞かない言葉だと思いますが、著者がフランスの自転車施策を取材しているときに何度も聞いたそうです。

意味は、読んで字の通りですが「自由にそして快適にどこへでも移動できる権利」とのことです。

諸々の本を読んで考えてみましたが、日本の交通システムを考える上で、やはり一番のネックになっているのは「道路(車道)が自動車の聖域になってしまっていること」「交通システムがあまりにも自動車優先で作られすぎていること」に尽きるように思われます。

これは、考えただけではなくて、日々の生活の中で、主たる移動手段として自転車を使っている私が、痛感し、信ずるところでもあります。

本を読むと、自転車が歩道を走る先進国は、日本だけのようで、私は行ったことがないので分からないのですが、欧米諸国では自転車が車道を走るというのは、原付が車道を走るのと同じように、常識なのだそうです。

そして、諸外国の人は、日本で自転車が歩道を走るのを見て「野蛮な習慣」と言うそうです。

なぜ「野蛮」かというと、この習慣は、強者が必要以上の便益を獲得するために、弱者に不便を押しつけていることに他ならないからです。

何車線もある広い車道を自動車の聖域とすることにより、自転車と歩行者が狭い歩道に押し込まれます。

歩道はただでさえ狭いのに、段差があったり、電柱があったり、歩道橋や橋の橋脚があったり、ごみ置き場になっていたりして、通行できる幅はさらに狭くなっています。

そして、そこを、赤ちゃんを乗せたベビーカーや、ヨチヨチ歩きの幼児、お年寄り、目や耳に何らかの不自由のある方、杖をついた方、車椅子の方、飛び跳ねるほど元気な子供たちなどが、まちまちの速度で「移動」します。

そこにさらに速度と移動方法の異なる自転車を詰め込む必要性はまったくないどころか、むしろ詰め込んではいけないはずです。
そうしたい理由を合理的に考えると「今以上に自動車に便宜を図る」以外にはないように思われます。

自動車の便宜ばかりを必要以上に図ることにより、赤ちゃん、幼児、お年寄り、目、耳、足などに不自由のある方々などの「移動権」を、国の交通行政が進んで侵害しようとしている、という考え方が必要な時代なのかもしれません。

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