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2012.11.09

不幸な論語

こんにちは。スマイラです。

先日、この記事を見て、驚くとともに、このブログでも何度か書いたものですが、つい最近読んだ本の論語の一節を思い出しました。
過労自殺遺族の対応にリスク管理部門が出てくるワタミという会社の異常性

「定公問う、君、臣を使い、臣、君に事(つか)うること、これを如何。孔子対(こた)えて曰わく、君、臣を使うに礼を以てし、臣、君に事うるに忠を以てす。
魯国の君主である定公が、孔子にきいた。『主君が臣下を使い、臣下が主君に仕えるにはどのようにしたらいいでしょう』。孔子はこう答えられた。『主君が臣下を使うときは礼によるべきだと思います。また臣下が主君に仕えるには忠によるべきです』」

これについて、著者の童門氏は、こんな風に書いています。
「平和な徳川時代に入ると、儒教が持ち込まれて、『君、君たらずとも、臣、臣たれ』というようになった。『トップがトップらしくなくても部下は部下の本分を尽くせ』という、使うものにとってはなはだ都合のいい論理の押し付けである。」

上の記事だけではなく、昨今よく聞く、パワーハラスメントや、セクシャルハラスメント、モラルハラスメントなどを考えると、どうも今のところ、江戸時代から何ら人心は進歩していないように思われます。

外国のことはよく知りませんが、本で読む限りでは、日本の上司と部下の関係というのは、やっぱりちょっと異常な感じがします。

今だから書いてしまいますが、私は会社の飲み会というのが、あまり好きではありませんでした。仕事でもないのに、会社内の役職関係を引きずったものだからです。

最初に勤めた職場で、いろんな意味で頭の薄い上司が「誰もビールを注ぎに来ないから、次の人事評価は考え直すか」みたいな話を聞いたときは、当時私はまだ25歳にもなっていない頃でしたが、「この人は(たとえ冗談であったとしても)狂ってる!」と思ったものでした。

会社内の役職というのは、単なる命令系統とか責任系統に過ぎないものであるはずなのに、まるで師匠と弟子のような関係性を、会社外でも無言で要求される、というのを、ずっと理不尽だと思っていましたし、自分ではそうしないように気をつけていたつもりです。

それもこれもすべて、「部下だけが上司に尽くせ」という、論語の本質に反した偏ったことを、あたかも論語の精神に則っているかのように悪用というか、曲解して、疑いなく続けていることに、原因があるように思われます。

どうも、論語は、原典から離れてしまい、特に力のある人たちにとって意図的に都合よく解釈されているものが多いなあ、という印象を最近持っています。

論語にとっても、私たちにとっても、不幸なことといわざるを得ません。

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