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2012.10.24

造語の功罪 その2

こんにちは。スマイラです。

昨日の記事にコメントが多くて、ちょっとびっくりしているのですが、本人は至って気楽に書こうと思っていましたので、初志貫徹で続きを気楽に書きます(笑)。

私自身は、特許の文章に限らず、造語に対しては否定的な考えを持っていますし、たぶん自分でも造語を書いたり、しゃべったりすることは、ほとんどないと思います。

文章というのは、そもそも誰かに何かを伝えるために書くものですから、読み手との了解の中で書かなければいけないと思っています。
友達に書く手紙やメールなら、その間でしか分からないいわゆる隠語を使うのも、造語を使うのも、ありかもしれませんが、不特定の人が読むことを前提に書く文章では、了解の範囲内にない言葉はできるだけ使うべきではないと思っています。

さらに言うと、これは文章とか言葉というものについての個人的な考えですが、これらは夥しい数の先人の努力なり蓄積なりの上に、使っているものです。
自分が文章を書くとしたら、その先人の後に参入するわけですから、先人の作ったフィールドというか、ルールというか、蓄積というか、それらの範囲を守って書くことが、先人に対する礼というか、マナーというか、そういうものではないか、と思っています。

記憶が薄れて、まったく定かでないのですが、小説を書いていたころに読んだ、井上ひさしか、丸谷才一か、三島由紀夫か、誰かの文章読本にも、そんなことが書かれていたような記憶があります。

最近よく使われる造語に「人財」というようなのがあります。
「財」は「材」よりいいもの、と言いたいのでしょうが、言葉に「好き嫌い」はあっても、「良い悪い」はない、というのが私の基本的な考えです。

特許に限らず、仕事で使う造語というのは、先輩や上司からの指導で使うという場合が多いのだろうと思いますし、ある意味では(善し悪しは別として)プロ同士の会話の中では使わなければどうしようもない場面というのがあります。

私も、営業時代は、下請けさんとの間では、隠語を使って話をしていました。
そうしないとなめられるからです(笑)。

けれど、そういう特別な理由がないところでさえ、自覚的に造語を使うというのは、ちょっと意地悪な見方をすれば、その人の言葉に対する「好き嫌い」や「勝手な思い込み」を無理やり押し付けられているような気がすることがあります。

そういう印象を持っていますので、私は、自覚的に造語や略語や隠語は使わないように心がけていますし、自分と言葉との間の距離は常に一定にして、変な思い入れで文章が偏らないように注意しているつもりです。

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