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2014.04.30

三段論法トリック その1

こんにちは。スマイラです。

今日の東京は朝から雨でした。

今日は吉祥寺に行きました。吉祥寺には4月23日に「キラリナ」という新しい駅ビルがオープンしました。こんなビルです。
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先日、NHK教育テレビで「ロンリのちから」という番組をやっていました。NHKの高校講座のひとつみたいです。

たまたま見たのですけど、これがなかなか面白かったので、ご紹介したいと思います。

私がたまたま見た回は「三段論法」についてでした。

三段論法といえば、弁理士試験でももちろんのことですが、裁判等も含めて、法律の世界では必ず使われる手法です。

書き方はいろいろあるのでどう書くかは受験生に任されているのですが、どんなスタイルで書くにせよ、弁理士試験の論文試験では、この構成で書かないと合格は難しいと思います。

ところで、このときの番組の三段論法はこんな感じのものでした。

ある女の子が、劇中のシナリオのセリフで、男の子にこう言います。
「私はあなたが嫌い」→「私は女の子」→「だから女の子はあなたのことが嫌い」

まあ、書いてるだけでなかなか切なくなる論理ではありますが(笑)、この論理に対して男の子が「その論理はおかしいんじゃないか?」と異議を申し立てます。

そこに先生が出てきて「では検証してみましょう」となって番組が進んで行きます。

この論理展開のどこがおかしいかはわかりますよね?

小前提(≒下位概念。この場合は「私」)を拡大して大前提(≒上位概念。この場合は「女の子全体」)に当てはめて結論を出そうとするのがおかしい、ということです。

こんな例も出てきます。
「ペンギンは鳥である」→「ペンギンは飛べない」→「だから鳥は飛べない」
これも小前提(ペンギン)を拡大して大前提(鳥全体)に当てはめて結論を出そうとするからおかしくなってるんですね。

三段論法は、大きな前提(「鳥は卵を産む」)から小さな前提(「ペンギンは鳥である」)に当てはめるようにしないときちんと機能しない(「ペンギンは卵を産む」という正しい結論に至らない)、ということまで書いたところで、長くなったので続きは明日書きます。



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2014.04.27

リレーマラソン

こんにちは。スマイラです。

今日の東京も、昨日に続き、いいお天気でした。
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明日、明後日ぐらいからお天気が崩れるような予報でしたけど、せっかくのゴールデンウィークなので、何とか持ちこたえてほしいですねー。
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スロージョギングを始めてもうそろそろ2ヶ月になろうとしています。

最近は、仕事のスケジュールなどを見ながら、走れるときに走るという感じになりつつありますが、それでも何とかへなちょこペースながらも続けています。

このブログでもそんなジョギングの話をときどき書いてきましたが、6月7日に初めての大会(なんて大げさなもんじゃないのですが)に出ることにしました。

出るのは5時間リレーマラソンで、要は何人かでたすきを繋ぎながら5時間走り続けるというものです。

私、中2の長女、小4の次男と、前の会社の後輩二人、の計5人で5時間を走りますから、単純に割れば一人当たり1時間ということになりますが、まあ、子どもたちはどれぐらい走れるか分からないので、1.5~2時間ぐらいは走るつもりでいた方がいいのかもしれません。

ま、子どもたちの方が私よりずっと元気に走りきってしまうという可能性もまるっきし否定できないのですが(笑)。

競技としては、5時間でできるだけ長い距離を走ったチームが勝ちというものですが、まあ、ウチの急造チームはそんな順位なんかよりも、無事に!怪我なく!楽しく!思い出に残るレースを!完走!(といっても決まった距離がないので5時間走れりゃいいってことなのですが)というのが最大目標ですね(笑)。

記念すべき初めてのラン大会なので、楽しんでこようと思っています。



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2014.04.25

辞表を出せ!?その2

こんにちは。スマイラです。

今日は晴れて暖かい一日でした。東京は暑いと言ってもいいぐらいでしたね。
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さて、昨日の続きです。

NHKの籾井会長の「よくあること」発言には、経済界からも多くの批判が出ているようですが(そりゃそうだよなあ。矢の先が経済界に向いてるんだもの(笑))、それよりも私が感じたことは、この発言に象徴される日本社会(無論ここには私も含まれています)の考え方や受け入れ方でした。

この人がこの表現を堂々と(たしか国会でですよね)使ったということは、これまでこの表現がそれなりに効果があって、この手の言い訳で周りの人はいいように言いくるめられて、この人はこれまでの人生をうまいこと乗り切ってこられたんでしょうね。まあ、何と言ったらいいのか、恥を知らない人生で羨ましいことです(笑)。

籾井会長は「よくあること」という表現を使うことで、私のような無知蒙昧かつ疑うことを知らない者どもを「あ、そうなんだ・・」と思わせることに成功しました。

本当ならば「たとえばどの会社で実行されてるの?」「よくあるっていうけど、実際はどれぐらいの比率であるわけ?」「じゃあ、あなたは何回辞表を出して、何回受け取ったの?」と問わなければ事の真偽は分からないはずなのに、自分がよく知らない分野のことについて「いや、こんなのはよくあることですよ」と自信たっぷりに言われて「そうなんだな」と納得してしまったわけです。

しかし、これと同じようなレトリックは、実はいろんな場面で使われていて、特に横並びを尊ぶ日本人のメンタリティには効果的なのではないかと思われます。

消費税増税のタイミングで「諸外国」の税率はこんなものではない。
憲法9条や集団的自衛権の問題で「普通」の国になろう。
会社の上司が「みんな」がんばっているんだからお前もがんばれ。
会議で社長が「いつも」言っていることだけど、「何度」も言っていることなんだが、と前置きして、今日初めて聞くことを話す。
心根の卑しい人が「誰も」がお金を欲しいと思っている、と決めつける。

こんな風に言われるとついつい「あ、おれはそんなに意識していなかったけど、世間の常識ってのはそうなのか?うっかりしてた!」なんて誘導されてしまいますが、そこはきちんと検証しないと真偽のほどは分からないですよね。少なくとも、何の疑問も持たずに信じる必要もないわけです。

特に、他人を自分の意のままに動かそうと思っている人に、こういう物言いが多いのではないかと私は経験上感じています。

ころりと騙されていいように利用されないためには、面と向かって声に出して言うと角が立ちますから(笑)、心の中で「いつもっていつのこと?」「みんなって言うほどたくさんの人なの?」と問いかけるのをくせにした方がいいかもしれませんね。



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2014.04.24

辞表を出せ!?その1

こんにちは。スマイラです。

朝日新聞の経済面に「経済気象台」というコラムがあります。

朝日のコラムといえば圧倒的に「天声人語」が有名ですが、経済気象台はちょっと日経新聞風のコラムといったらいいでしょうか、その名のとおり経済ネタを扱っています。

その「経済気象台」の3月8日のコラムには「企業で辞表を預かったら」というタイトルが付けられていました。

もうずいぶん古いことなので忘れてしまっている方もいるかもしれませんし、タイトルから「あのことか・・」とご想像のつく方もいらっしゃるかもしれませんが、NHKの籾井会長が理事の辞表を集めていたという事件(?)について書いています。

籾井会長は、理事の辞表を集めていたことについて「一般社会ではよくあること」と言い訳しています。

私は(もしかしたら多くの人もそうかもしれませんが)日本企業の一般常識を胸を張って人様に語れるほど多くの会社に通じているわけでも、辞表を預かったりする立場に立ったことがあるわけでもありませんから、就業している人たちから辞表を預かる行為が「一般社会(=文意からは「一般企業」ということでしょうね)ではよくあること」なのかどうか判断がつきません。

でもまあ、この人がそういうんなら、社会一般ではそういうこともアリなのかな?程度に思っていました。若干の割り切れなさを感じつつも・・。

しかし、この日の経済気象台の筆者(環珠さんという方です)はこう書いています。

「民間の上場企業で、社長が副社長以下の執行役の辞表を取り付けることなど通常、考えられない。
委員会設置会社でなくても同じだ。上場企業の大半を占める監査役設置会社の場合、社長が取締役全員に辞表の提出を求めれば、これは大事件である。社長の業務執行を監視するのが取締役会だからである。いわば、自分の監視役の生殺与奪の権限を握ることになる。即刻辞任ものであろう。」

ちょっと長くなりそうなので、続きはまた明日書きます。


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2014.04.23

美味しい天丼

こんにちは。スマイラです。

今日も軽い食べ物ネタで(笑)。

先日、新宿でセミナーを受講したお話をちょっとだけ書きましたが、お昼ご飯の時間になってどこに行こうかと考えて、高田馬場の事務所時代に行った夢民というカレー屋さんの支店が新宿野村ビルにあったことを思い出しました。

ちょっと遠かったのですが、何とか行って帰ってこられるかと思い行ってみたところ、残念なことに夢民は閉店していました。その後、ネットで検索してみたら、高田馬場の本店もずいぶん前に閉店したことを知りました。とてもお気に入りのお店で、いろんな人と行った思い出あるお店だったので残念です・・。

それはそれとして、もう他の場所に移動する時間もないので、野村ビルの中のどこかのお店でお昼を・・と思って探し、お店の前の写真につられるがままに「天吉屋」というお店に入り、天丼を食べました。

たくさんの天ぷらが乗った天丼と、味噌汁、そしてお漬物ときんぴらがいくらでも取れるように置かれていて1000円(税抜笑)でした。

これを高いと思うか安いと思うかは人によると思います。私は正直に言うと「まあちょっと高い感じはするけど新宿だからなあ・・」という印象でした。

しかし、食べてみて「これが1000円ならめちゃくちゃ安い!」と思いました。

銀座をはじめとして、いろんなところで天丼を食べたと思いますが(とはいっても何万円もするところで食べたことがあるわけじゃないですけど・・)、記憶の範囲では天丼に関して言えばここがダントツで一番美味しかったです。

どれも美味しかったのですが、とりわけ「海苔」「半熟玉子」「茄子」はちょっと意表を突かれました。

半熟玉子の天ぷらなんて初めて食べて、最初はいったいどうやって食べるんだろう?なんて思いましたが、なかなか面白い食感と味でした。

生卵をすっと衣に通してそれで揚げてるのかなあ・・?

海苔も少し衣をつけて揚げるだけで、立派な一品になってしまうものなんですね。

茄子やいんげんなどの野菜は、天ぷらにすると一段と美味しさを増す気がします。

いかの天ぷらのふわっと柔らかくて食べやすいのにも驚きました。間違えてタラを食べたかな?と思ったぐらいです。

味噌汁も漬物も美味しかったです(きんぴらは時間とお腹の都合で余力がなく食べられませんでした)。

皆さんも新宿に行ったらぜひ召し上がってみて下さい。超おススメです。



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2014.04.22

キャップレス

こんにちは。スマイラです。

今日は(も!?)ちょっとした息抜きネタでいこうと思います。

正確な記憶ではないのですが、去年の末か今年の初めに、パイロットのキャップレスという万年筆を買いました。

きっかけは本当に小さなことで、調布のパルコに入っている文房具屋さんにたまたま入ったところ、万年筆コーナーがなぜかできており、そこに試し書き用のキャップレスがあったからです。

私は、こういう基準で人間を二種類に分ければ、「開票時刻直後の当選確実」的に「保守的」な方に分別される人間ですので(だいたい今どき好んで万年筆を使っている人に保守的じゃない人がいるでしょうか?)、以前からキャップレスの存在は知っていたし、パイロットの万年筆も何本も(この時点でもうちょっとマニア的な感じになってしまうのですが・・(笑))所有していますが、「キャップあってこその万年筆。キャップのない万年筆なんて、ネタのないすしのようなもの。おれは金輪際使うこたないだろうね」と思っていました。

「しかしまあ、書くだけはタダだしね・・」なんて思いながら、その文房具屋さんでキャップレスを試し書きしてみました。

これがなんとまあ軽い書き味で、あまりの書きやすさに衝撃を受けつつ、自分の浅はかな偏見を怨むことになったのでした。

その罪滅ぼしってわけではありませんが「これはちょっと時間をかけて使ってみたいな」と思って買ったというわけです。

使って思いましたが、お世辞や贔屓ではなくて、いろんな観点から考えても、パイロットのキャップレスは、万年筆テクノロジーのひとつの最終回答と言っていいかと思います。普通の人が万年筆に求める機能のことごとくを優等生的に完備しています。

キャップレスは、ボールペンのように後ろをノックしてペン先を出して文字を書く構造になっています。ですから、普通の万年筆のように、ペン先とペン芯が軸に固定されていません。

そこらへんの堅牢性については少々疑問に思わないところもないではないですが、逆にペン先とペン芯が浮いている分だけ軽い書き味になっているのかもしれません。軽くしておかないとぎゅうぎゅう力を入れて書く人も出てきて、故障のリスクが高まると思われるからです。

他にも、キャップレスのいい点はいくつかありますが、あまり「古典的な万年筆」というものに思い入れがなく、気軽に万年筆の軽い書き味を味わってみたいという方には、ぜひおススメしたいと思います。

日本の筆記具技術のひとつの終着点というのが決して大げさではないということが分かっていただけると思いますよ。

ただ私もそうですけど、今、万年筆はもちろんですが、そもそも手書きをする機会ってのがほとんどないんですよねー。これからははがきや手紙をたくさん書いて使うようにしようと思っていますが・・。



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2014.04.20

外国事情

こんにちは。スマイラです。

昨日今日とほぼ終日のセミナーに参加していたため、ブログをお休みしました。
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昨日の都庁(晴れ)と
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今日の都庁(曇り)です。

セミナーの中で「外国のちょっとした情報(税理士ならば米国の税務とか、社会保険労務士なら欧州の労働争議とか)をお客様に話すと『お、この人はいろんなことをよく知ってるんだな』と思ってくれやすい」というお話を聞きました。

そのお話を聞いて思ったことがあります。

それは、独立して他士業の方とおつきあいをさせていただくようになって初めて知ったことなのですが、「他士業の方と比べて弁理士の仕事は外国と関わる場面が否応なしに多い」ということと、(自分のことはちょっとだけ棚上げして言ってしまいますが(笑))「弁理士は英語(のみならず外国語全般)が堪能な方が多い」ということです。

弁理士試験は日本の国家試験ですが、試験科目の中には、特許法などの日本国内の「法律」はもちろんですが、パリ条約とか特許協力条約などの「条約」や、TRIPS協定などの「協定」、マドリッド「議定書」といった、国と国との約束事も入っています。

これらは元々日本語で書かれたものではなくて、日本語への翻訳文なので、国内の法律の文体とは少々毛色が違って、結構苦労させられたのです(笑)。

こういうものが試験科目に入っていることからして、弁理士が(特に現代においては)国際的な業務からは避けがたいということを示していると思います。

私も何度か知財のセミナーをしていますが、セミナー後の質疑応答でも外国の質問がポンポンと出てきたりします(笑)。

ということは、お客様も「弁理士は外国事情にもそれなりに精通しているのだろう」と思われているのかもしれません。

もちろん、すべての弁理士が外国業務をしているわけではありませんし、必ずしも外国語や外国事情に堪能というわけでもないのですが、外国人と接する機会や、外国の書類に目を通す機会は、他士業と比較するとかなり多いのではないかと思います。

私もこれまで外国業務をそれなりの件数やってきましたし、独立してからも外国案件はそれほど数は多くありませんけど、受任させていただいております。

もし、外国がらみのご相談がございましたら、お気軽にお声掛けください。

アメリカの代理人が日本に来たときに「おれの英語、ちゃんと通じてる?」と以前からの心配を聞いたところ、お世辞半分(以上?)でしょうけど「お前の『書き』言葉は完璧だぜ!」と微妙なほめ方でほめられました(笑)。

話半分でも、業務に差し支えない程度の英語力はありますからご安心下さい(笑)。



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2014.04.16

公平な知財

こんにちは。スマイラです。

昨日もちょっと横になったら寝てしまい、ブログを書けませんでした。20キロ走の疲れかな(笑)?

さて、この本を読みました。

「もの」から「知財」の時代へ―頭脳が生む新しい価値を最大限に活用するノウハウ (東京理科大学・坊っちゃん選書)「もの」から「知財」の時代へ―頭脳が生む新しい価値を最大限に活用するノウハウ (東京理科大学・坊っちゃん選書)
(2008/10)
平塚 三好

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たまたま図書館で見つけて、面白そうだったので借りてみました。

法律的に、というよりも、知的財産ってときどき新聞なんかで見るけど何がどう大事なの?とか、知的財産をビジネスに生かしたいけどどこら辺から知識をつけたらいいかな、なんて考えてらっしゃる方には、薄くて読みやすくてとてもいい本だと思います。

ま、知的財産を法律的にどうこうなんて考えるのは、弁理士ぐらいしかいないでしょうけど(笑)。

私が弁理士として仕事をしていく上で「なかなか難しいなあ」と思うところは、商標はちょっと別として、特許、実用新案、意匠での権利化を目指そうとすると「新規性」という要件が求められることです。

新規性というのは、簡単に言えば「出願前に誰にも知られちゃあいけませんよ」ということです。知られてはいけないのですから、宣伝したり、売ったりしたら、原則としてはもうアウトです。

でも、弁理士や特許庁にお金を出す企業などにしてみれば「売れるかどうか分かってから権利化を考えたい」と思うのが自然でしょう。

しかし、我々の立場としては「それでは遅いんです」と言わなければなりません。

もちろん、誰かに知られたら絶対にダメというわけではなくて、一定の条件下で権利化を図れるのですが、できるものなら事前のリスクは避けるか低下させておきたいというのが、私たちの立場でなすべきことになります。

その観点からいくと、こういった権利を取るための調査や出願などは、企業等から見ればお金のかかる「先行投資」ということになり、そこだけとれば「大企業やお金持ちに有利」という風に考えられても仕方がないのかもしれません。

けれども、この仕事を何十年かしてきて、冷静に見てみると、この世の中にはお金持ちや大企業に有利なことがたくさんあって、知的財産権取得も資本主義の原理に則っている以上、広い意味ではそのうちのひとつには違いないけど、そうはいっても知財の世界はまだしもその格差は小さい方で、むしろ公平性が高いと言えるのではないか、と思うようになりました。

企業ごとの開発能力やマンパワーの違いは別として、大企業の持つ特許権の方が中小企業の持つ特許権よりも強いとか広いということはありませんし、特許庁での審査や訴訟で有利になるということもないはずです。もちろん、その逆も。

この本には、今は大企業であるGEやミキモトが、エジソンや御木本幸吉の発明に始まっていること、そして知的財産が企業を変え、人々の生活を変え、社会を変えていく事例がたくさん挙げられています。

つまり、今は大きく見える企業も、小さかった時代から、大企業と遜色なく戦える知的財産を活かして成長してきたということなのだと思います。

ご興味のある方はぜひ読んでみて下さい。



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2014.04.14

ロング・スロー・ディスタンス

こんにちは。スマイラです。
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小さな川と
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大きな川

昨日は多摩川サイクリングロードを、ハーフマラソンの距離ぐらいを目安に、20キロ走ってみました。人生でこんなに長い距離を一息に走ったのは初めてのことです。もう、とにかくへとへとになりました・・。

結果としてこんなに長い距離を走ってしまいましたが、最初からそんな長距離を走るつもりはなくて、5~6キロほど走って、お茶でも飲んで、疲れたら帰りは電車で帰ってこようと、気楽にスタートしました。

しかし、もうちょっと走れるんじゃないか、もうちょっといけるんじゃないか、なんてやってるうちに、ずぶずぶと泥沼に入っていきました(笑)。

夕方から走り始めたので、家から遠ざかるほど日は沈み暗くなっていくし、人はどんどん少なくなるし、時計を見ると信じられないぐらいの時間走っているしで、大の大人のくせに恥ずかしいのですが、だんだん心細くなってきたものでした(笑)。

途中からはほとんど多摩川サイクリングロード貸切状態みたいになって、前を見ても後ろを見ても、走っているのは私ひとりになっていました。

のんびりした速度で走っていますから、心臓や呼吸は全然平気なのですが、足首、膝、腿、足裏、最後は小指(!)と、徐々に痛む場所が増えてきます。

特に足首と膝の関節は、もうどうにかなってしまうんじゃないかというぐらい痛くなってきました。

しかしまあ、人間、その気になれば何とかなってしまうもので、20キロをほぼ歩くことなく走りきってしまいました。時間は法外にかかりましたが(笑)。

心配した関節痛と筋肉痛も、今日起きてみたら大したことなくて(とはいっても普段とは全然違うこわばった状態でしたが)、関節はともかく、筋肉の痛みはまったくありませんでした。

そんな状態だったので、今日はもう走るのはやめようと思っていたのですが「この関節痛の状態で走るといったいどうなるんだろう?」という疑問がわいてきて、さっき5キロ弱走ってみました。

想像したとおり、膝がきつかったです(笑)。



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2014.04.13

天才少女

こんにちは。スマイラです。

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ジョギング中に撮った梨の花と
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チューリップの花です。

さて、昨日のブログに書きましたが、今日は阪神競馬場で桜花賞がありました。

ご存知の方も多いと思いますが、断然人気に応えてハープスターが勝ちました。

スタートから4コーナーまでは一番後ろにいて、どうなることかとハラハラしましたが、直線に入ってから、どの馬にも邪魔をされない大外(一番外側のコース取りのことを競馬の世界ではこういいます)を通って、前を行く17頭をまさにごぼう抜きして優勝しました。

評判の天才少女が初めてのG1タイトルを取った瞬間でした。

約1ヵ月半後には東京競馬場で3歳牝馬の頂点のレースであるオークスが行われます。

順調であればハープスターはそこに出てくると思いますが、阪神競馬場より最後の直線がずっと長い東京競馬場であれば、今日のレースのように全馬を抜いたあとに、さらに他馬を引き離していくんじゃないでしょうか。

桜花賞は3歳牝馬が争うレースです。3歳は人間でいうと中学生から高校生ぐらいといわれており、これぐらいの時期に強い牝馬は「天才少女」とよく呼び習わされます。

昨日も書きましたが、今回桜花賞を勝ったハープスターの祖母のベガも、3歳当時(ベガの現役当時は年齢の数え方が今と違っていて4歳だったのですが)は「天才少女」といわれていたものでした。

かつての「天才少女」ベガは、20年余の時を経て、今日「偉大なおばあちゃん」になりました。ベガを応援していた身としては、これが一番嬉しかったなー。

こういう「時の巡り」があるというのは「ブラッドスポーツ」といわれる競馬のひとつの魅力でもあります。

普段私は血統というのはほとんど重視しないのですが、今日ばかりは「ベガの血が爆発!」と思ったものでした。

もっとも、そういう私の思い込みとは別に、ハープスターのレース振りはおばあちゃんのベガというよりお父さんのディープインパクトそっくりでしたけどね(笑)。



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2014.04.12

桜花賞

こんにちは。スマイラです。

これまで使っていたパソコンのOSがXPだったので、サポート終了に合わせてパソコンの入れ替えをしました。そのついでに周辺機器もいくつか入れ替えたためちょっと時間がかかり、この2日間ブログをお休みしました。

今日の東京多摩地方は、少々風は強かったのですが、いいお天気の一日でした。

明日の日曜日は、阪神競馬場で桜花賞があります。

競馬を始めたころに桜花賞を見たときには、馬たちがスタート直後に走る阪神競馬場のバックストレッチの向こうに並ぶ満開の桜に「競馬のタイトルと時期ってのもうまくつけてあるもんだなあ・・」と感心したものでした。

明日の桜花賞には、とてつもなく強いと思われている馬が出ます。

その名も「ハープスター」です。

ハープスターの父親は、競馬をぜんぜん知らない人でもその名前ぐらいは知っているのではないかと思われる「ディープインパクト」、母は「ヒストリックスター」といいます。

実は母馬のことは私もよく知りませんが、母の母(つまり母方の祖母ですね)の「ベガ」はよく知っています。

ベガは、私が結婚した年の「桜花賞」と「オークス」という大きなレースをふたつ勝った馬でした。

オークスは東京競馬場で開催されるレースですので、私も友人たちと東京競馬場で観戦していて、改装される前の東京競馬場の上の階のスタンドから、大声を張り上げてベガの応援をしたのも、懐かしい思い出です。

結果、ベガは見事に勝ってくれて、当時のボーナスの数回分ぐらいになる、私の競馬歴でも最高額になる払い戻しを受けることができたのでした(笑)。

そんな強い競走馬だったベガですが、生まれたときにはあまり体質が強くなく、脚も曲がっていたらしく、牧場では競走馬になれるかどうかも心配されたそうです。

しかし、競走馬としては牝馬クラシックを二つ勝つ名馬となり、母としてもG1馬を複数頭生んでいます。そして今回は、孫が晴れのクラシックに大本命として挑戦ということになります。

ハープスターのレースはテレビでしか見ていませんが、他の馬とは能力の次元が違っていると感じます。

競馬ですから何が起こるか分かりませんが、父のディープインパクトのダービーのように、他のどの馬にも邪魔されない一番外側を回ってくれば、明日の桜花賞でこの馬が負ける可能性はかなり低いんじゃないかと思っています。

もちろん、負けるようなことがあれば、この最後の二文は即座に削除しますけどね(ウソですよ。笑)。



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2014.04.09

依存症地獄 その3

こんにちは。スマイラです。

今日も暖かくていいお天気の一日でした。

さて、昨日の続きで、この本を読んで考えたことです。

やめられない ギャンブル地獄からの生還やめられない ギャンブル地獄からの生還
(2010/09/03)
帚木 蓬生

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昨日は「ギャンブル依存症」の重要な一因になっていると思われる「パチンコ・スロット」の日本での環境は、急には変わることがないだろうということまで書きました。

外部環境が変わらないからと手をこまねいていてもどうにもなりませんから、私たち人間側の意識や考え方を変えていかなければいけないのだろうと思います。

著者はギャンブル依存症は「〈意志〉とは無関係です。」「〈意志〉よりも強い〈脳の変化〉がそうさせてしまったと考えるほうが真実に近いと思います。」と書いています。

私は最近特に強く思うのですが、人間の意志の力を過信したり過大評価することは、むしろ危険な側面が強いというか多いのではないかと思うようになりました。そこまで人間は立派にも丈夫にもできていないと思うのです。

歯を食いしばればまだ頑張れるとか、お前の限界はそんなもんじゃないとか、その気になれば止められるはずだとか、言うのは簡単ですが、実行するのは大変です。

私などは、弁理士試験の受験期間中でも、小説を読み始めたり、映画を見始めたり、マンガを読み始めたりして「ああ、おれはこんなことしてちゃいけないんだが・・。勉強しなくちゃいけないんだけどなあ・・」と煩悶しながらもついつい最後まで止められなかったということが何度もありました(笑)。

根深い問題は「依存」を「意志の問題」としてしまうと、結局、意志が弱い人と強い人という二項対立を煽るだけになってしまうところにあると思います。

依存症のアイツは意志の弱い人間、依存症じゃないおれは意志の強い人間、アイツは意志が弱いから依存症になったんだ、と思ったとたんに、この問題に対して無関心になってしまいます。正社員が派遣社員の苦悶に心からの関心を寄せられないのと同じと言ったら言い過ぎかもしれませんが。

さらに、二項対立というのは、自ずと社会全体に進行する性質を持っていますから、これが進んでいけば、お金持ちと貧乏人、勝ち組と負け組、正社員と派遣社員、健常者と障害者、若い人とお年寄り、というように、社会に溝が増え、かつ、広がり、その間には想像力の欠如を要因とする「敵対」と「無関心」を生みだしてしまいます。

その行き着く先はたぶん「何を解決する能力も、他への慈しみもない社会」です。

ギャンブルに限らず、いろんなものへの依存症が、その人の癖や弱さや意志ではなくて「脳の病気である」という認識を、我々ひとりひとりが持つことにより、治療を受ける機会も増えると思いますし、何よりも早く気がつく人が増えてくると思います。

機会があればぜひこの本を読んでもらいたいと思いますが、本当の地獄が描かれています。それは、本人にとっても周囲の人にとっても、とてつもない不幸だと思います。

私も含めて、これを読まれている多くの人は「そんな人は自分の周りにはいないなあ」と思っていると思います。

しかし、自分の周りにどういう人が来るかは自分でコントロールできることではありませんし、知識を持つことによって避けられる偏見や被害はたくさんあり、「依存症」もそのひとつと思いましたので、このテーマで長々と書いてみました。



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2014.04.08

依存症地獄 その2

こんにちは。スマイラです。

多摩川サイクリングロードの夕景です。
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郷土の森手前の桜のトンネルです。
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さて、昨日の続きでこの本のレビューです。

やめられない ギャンブル地獄からの生還やめられない ギャンブル地獄からの生還
(2010/09/03)
帚木 蓬生

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ギャンブル依存は、本人ももちろんのこと、周囲も地獄に巻き込むということまで書きました。

この本の第1章では「ギャンブル地獄であえぐ人たち」と題して6人の依存症患者の実話が載っています。

これがもう、こんなことを書いては本当に苦しんでいる人たちに申し訳ないのですが、どれもこれも「脚色のしすぎなんじゃないの?」「作り話なんじゃないの?」と思ってしまうぐらいの凄まじい話なのです。

パチンコやりたさに親の宝石の指輪を盗んで質に入れてお金を借りる、息子の結婚費用を使い込む、教師なのに学校のお金を使い込む、実父の葬式の香典でパチンコをする、医学部まで行ったのに中退し、パチンコのお金欲しさに窃盗で警察に捕まる、牧師なのにヤミ金に追い立てられる、など、ちょっと信じられない、というレベルです。

「ギャンブル地獄の二大症状は借金と嘘」と書いていますが、それを輪にかけて地で行く話ばかりです。嘘も借金も半端じゃないです。

著者はこのような状況のひとつの原因として「パチンコ・スロット」の存在を挙げています。その根拠として、著者のクリニックを初診した「病的ギャンブラー」100人のうち「パチンコ・スロット」がらみでない「病的ギャンブラー」が僅か4人しかいなかったことを挙げています。

そして、その問題点のひとつとして日本では「パチンコ・スロット」がギャンブルではなく遊戯とみなされていることを指摘しています。だから、パチスロ店を「どこに建てようが、どんな宣伝をしようが、足枷はありません。」と書いています。

なぜ「パチンコ・スロット」が遊戯であってギャンブルではないかというと、店内で景品の交換をしていないという一点なのだそうです。

私は競馬をやるのでたまたま知っていますが、最近の大きなレースで評判になる馬、簡単に言えば「値段の高い馬」ですが、そういう馬の馬主にパチンコ会社の創業者や社長が多いというのは周知の事実です。

私と同業者の特許業界の方でも、パチンコ関連の会社の仕事をされている方は多いと思いますし、それ以外の業界の方でも、パチンコ関連の仕事をされている方は多いのではないかと思います。

そういう周辺状況から考えれば、政治家(=国会議員)の方でも当然「お世話になっている方々」というのは、それほど少なくはないだろうな、というのは想像がつきます。

そうなると、立法や規制で、パチンコやスロットをギャンブルと認めるとか、射幸心をむやみに煽る機種には何かしらの規制をしていくとか、ギャンブル依存対策をしていく、というような動きはまず期待ができないかなあ・・と思います。

長くなったので、続きはまた明日。



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2014.04.07

依存症地獄 その1

こんにちは。スマイラです。

今日から子どもたちは新学年になりました。クラス替えや担任で悲喜交々(ひきこもごも)だったみたいですが、楽しく充実した一年間を過ごしてほしいと思います。
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そろそろ今年の桜も終わりかけですね。
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多摩川から見た夕日と雲です。

図書館で偶然手に取ったこの本を読みました。

やめられない ギャンブル地獄からの生還やめられない ギャンブル地獄からの生還
(2010/09/03)
帚木 蓬生

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この本は「ギャンブル依存症」について、小説家としても有名な医師である箒木蓬生(ははきぎ・ほうせい)さんが書かれたものです。

これまで、依存症というものについてあまり本を読んだり、まじめに考えたりしたことはありませんでした。

しかし、この本を読んで、「ギャンブル依存」(に限らず、依存症すべてなんでしょうが)は心底「恐ろしい・・」と感じました。

私はときどき競馬のことを書いていますので、ギャンブル好きと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実は競馬、それも中央競馬以外の賭け事はほとんどやったことがありません。

競輪、競艇、オートなどの公営競技はもとより、麻雀やパチンコやスロットもほぼ経験がありません。

これは、自慢で書いているのではなくて、だからこそ偏った先入観を持ってしまうこともある、という意味で書いています。

自分は競馬をするけれども、依存どころか、そんなに大金をつぎ込むこともないし、負けたからといってカーッと熱くなってしまうこともないし、まして競馬のために、仕事をほっぽり出したり、借金をしたり、嘘をついたりするなんて、とても考えられません。

だから、他の「ギャンブル好き」の人ってのも、大人としての節度を持って、日々の生活の潤いというか、ちょっとした楽しみとしてやっているんだろうな、と安易に思ってしまうところがあります。

要するに、「みんな自分と同じような人間」と思い込んでしまうという、人間ならば多くの人がはまってしまう罠にまんまとはまってしまうということです。

しかし、この本に出てくる人たちは、そんな私の想像を「軽々と凌駕する」という表現さえ生易しいほど、本人も文字通り「地獄に堕ち」、そして、恐ろしいことにその周囲の人々をまで「地獄に堕として」いきます。

その地獄っぷりたるや、実の父親をして「頼むからお前、死んでくれ」と言わせしめるほどなのです。

続きは明日書きます。



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2014.04.06

才能、集中力、持続力

こんにちは。スマイラです。

今日の東京多摩地方はおおむね晴れていたものの、午後の数時間、急な雨に見舞われました。夕方からはすっきりと晴れたので、1時間ちょっと多摩川サイクリングロードを走ってきました。
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多摩川の夕景です。左の端に小さく富士山が見えます。
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走り終わる頃は夜景に近くなっていました。

この本を読みました。

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)
(2010/06/10)
村上 春樹

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今や世界的な小説家となった村上春樹さんですが、私も若い頃はずいぶん熱心な読者で「ノルウェイの森」ぐらいまでは、出版されるとすぐに買って読んでいました。

長編小説も面白いのですが、私は「カンガルー日和」という短編集が結構好きです。

最近は村上作品からもしばらく遠ざかっていて、久しぶりに読んだのがこの本でした。もちろん、ジョギングを始めたことがきっかけになっています(笑)。

ほとんど「走ること」について書かれたこの本ですが、私が面白いなと思ったのは「小説家になること」について書かれたところでした。

「小説家にとってもっとも重要な資質とは?」という質問について村上さんはこう書いています。

「小説家にとってもっとも重要な資質は、いうまでもなく才能である。文学的才能がまったくなければ、どれだけ熱心に努力しても小説家にはなれないだろう。これは資質というよりはむしろ前提条件だ。燃料がまったくなければ、どんな立派な自動車も走り出さない。」

そして、才能の次に「集中力」を挙げ、その次に「持続力」を挙げています。

ここでは「小説家」という職業に特化して書かれていますが、これってたぶん、どんな職業でも恐らくはこの順番に必要ですよね。必要とされる量の大小は違うとしても。

一番最初に「才能」を挙げているのはなかなかシビアに感じます。でも、これって真実ですよね。

「才能」というと、たとえばピアノとかサッカーとかの「世界に何人」みたいなものを思い浮かべてしまいますが、たとえばうちの長男みたいなアルバイトの子がするようなコンビニのレジ打ちとかファミレスのウェイトレスなどでも「才能」ってあるんだなあ・・、って感じること、よくありますもんね(念のために言っておきますが、こういう仕事を見下しているわけでは絶対にありません。私なんて絶対にできないですから)。

あたかも誰でもできるかのように卑下されることの多い「営業」や「事務」だって、ちょっとした気遣いや視界の広さなどに「才能」を感じることはしばしばあります。

あとはこれらの要素をどのようにコントロールして、緊張と弛緩をバランスよく保っていくけるかというところが、一流と二流と三流とそれ以下を分けていくことになるんじゃないかと思います。

村上さんはこんな風に書いています。

「このような能力(集中力と持続力)はありがたいことに才能の場合とは違って、トレーニングによって後天的に獲得し、その資質を向上させていくことができる。」

自分に「才能」ある分野のことを、「努力」というほど大げさなことじゃなくても、日々の小さな「習慣」や「行動」や「思考」を積み重ねていくことによって、未来の自分を作っていけるということなんですね。



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2014.04.05

脆弱な食文化 その2

こんにちは。スマイラです。
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雲と欅と桜です。
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咲いた花もこれから咲く花も・・。

さて、昨日の続きです。

今、欧米諸国やシーシェパードやグリーンピースなどから「クジラを食べるなんて野蛮だ!」というようなことを言われて、もしかしたら日本人の大半が「自分たちだって牛や豚を殺して食べているくせに、何を勝手なこと言ってやがる!」と思っているかもしれません。

でも、これが「クジラ」じゃなくて「イルカ」だったらどうでしょう?

想像が難しいのですが、日本人の間であっても「可愛いイルカを殺すなんて!」「知能の高いイルカを食べるなんて!」という意見が大半を占めるような気もしています。現にうちのチビは「ええ、イルカ食べたの?」と言っていました(笑)。

私は子どものころにイルカを食べたことがあります。

でも別にこれはそんなに特別なことじゃなくて、今のこの時勢ではさすがにないとは思いますが、私の子供時分には、清水の魚屋さんでは「イルカ肉」を売っているのが当たり前でしたし、それを食べるのも清水に住んでいた人たちにとっては当たり前のことでした。

まったく特別なことではなく、給食にクジラ肉が出るように、食卓にイルカ肉が出る日があったということです(給食のクジラに比べればごく僅かな回数ですが・・)。

正直言って、幼少時の私の口にも「イルカ肉」はちょっとぶよぶよした感じで、それほど美味しいものではありませんでした。

普段食べていたシラスやアジやサバやイワシやタチウオやマグロの方がよほど美味しかった記憶があります。

遠い記憶を呼び戻すと、イルカ肉は、肉よりも骨の方が独特でした。鳥や豚や牛の骨のような硬さはなく、柔らかいプラスチックというか樹脂のような独特な感触でした。

ただ、可哀相なんて感情は(当たり前ですけど)まったくありませんでしたね。魚もそうですが、海の生き物を食べるたびに「かわいそう」なんて思っていたら、清水で生活することなんてできませんから(笑)。

イルカはダメだけどクジラはいい、いやいやクジラもダメだ、そういうんなら牛だって豚だって肉食は全部ダメだよ、魚だったらいいんじゃないの、という線引きは、本当に難しいものです。

何を理由にしたところで、結局は「個人の感情」に行き着いてしまうからです。「かわいそう」「野蛮」「気持ち悪い」「痛々しい」のように。

感情に基づいている以上、恐らく、何年、何世紀話し合ったとしても結論は出ないんだろうと思います。

「(食文化も含めて)文化というのはそういうもんだよ」といわれればそうなんでしょうが、何百年、何千年とかけて作り上げてきたものが、ほんの数年、数十年で跡形もなく消えてしまうというのは、考えてみれば恐ろしいことのような気がしますね。



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2014.04.04

脆弱な食文化 その1

こんにちは。スマイラです。

昨日は後輩と夜遅くまで話しこんでいたので、ブログをお休みしました。

昨日はずいぶんまとまった雨が降った東京でしたが、今日は朝は少々ぐずついていたものの、午後からはすっかり晴れました。夕方にまたざっと雨が降ったそうですが、ちょうどその時間は事務所で集中的に仕事をしていたので、雨にまったく気がつきませんでした(笑)。

夜は雨がすっかり上がったので、ここ数日スケジュールや天候で走れなかった分、少し長い時間を掛けて多摩川サイクリングロードをジョギングしてきました。
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昨日撮った、雨の渋谷ハチ公前の桜です。

南極海で調査捕鯨ができなくなるというニュースがありました。

他国や他民族が、別の国や民族の食文化に執拗に因縁をつけてくるのにはいいかげん辟易しますが、そう思いつつも一方では「食文化というのは実際のところ本当に難しいもんだなあ」と思わされます。

どこの国のどの民族のどんな人も、自力で食文化を選ぶわけではありません。

両親や家庭や国や地域なども含めた総合的な生育環境の中で、与えられたものを食べて成長し、その過程で各人の食文化を形成していきます。

日本の中には、イナゴやハチノコなどの虫を食べる文化もありますし、沖縄県に行くとウミヘビを食べたりしますよね。

私は静岡県清水市生まれで、18歳で上京するまでずっと静岡県内に住んでいたので、食文化のほとんどはそこで食べた範囲内で形成されています。

だから、不味い魚や水は今でも苦手ですし(上京して最初に蛇口をひねり水道水を出したときは、あまりの臭いに水を止めてしまいました(笑))、イナゴやハチノコやウミヘビなどは一回も食べたことがありませんし、まあ率直に言って今後も死ぬまで一回も食べる予定はありませんし、あまり見たくもありません(笑)。

でも、別にそういうのを食べる人を馬鹿にしているわけじゃあありません。

ただ単に、私はこれまで身につけてきた食文化からすると食べられないというだけです。

それが偏見であろうと、食ってみればうまいんだからと説得されようと、ムリなものはムリってだけです。

それは日本で生まれ育って、いい歳になるまで外国に行ったことのなかった私が「舌をこうして、唇を噛んで、こうやって発音するんだよ」と教えてもらっても、ネイティブのように英語を発音できないというのと同じことです。

言語に母国語というのがあるように、食文化にも母食文化とでも言うべきものがあるように思います。

長くなったので、明日続きを書きます。



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2014.04.02

国家的損失?

こんにちは。スマイラです。

今日の東京は終日いい天気でしたが、夜は雨が降ってきたみたいです。今朝撮った桜の写真です。
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昨日は4月1日で新年度の始まりでした。

学校などはまだ始まっていないと思いますが、故郷から離れて大学などに通う方は、もう引越しをして新しい住まいでひとり暮らしなどの新しい生活を始めているのかもしれませんね。

晴れて社会人1年生という方たちは、まさに昨日が「始まりの日」ですね。

このブログでも何度か書いた、夏のゼミ合宿と春の卒業前の発表のときに私が少しお話をさせていただいたゼミ生の皆さんも、きっと新たな決意とともに新しい生活をスタートさせたことでしょう。

どうか「焦らず、腐らず、増長せずに、長い人生を自分らしく歩んでほしい」と願わずにはいられません。

昨日の天声人語に、今年の新入社員は「自動ブレーキ型」と呼ぶと書かれていました。そのココロは「なにごとも安全運転、壁や障害物を察知して未然に止まる」ということなんだそうです。

ずうっと前から思っていたんですけど、これって名づけた人は「世相に絡めて上手につけたでしょう?」なんて思ってるのかもしれませんけど、私に言わせりゃ馬鹿丸出しというか、馬鹿そのものです。

新入社員より何年も多く生きている人たちが、これから社会に出て行こうとする若い人を十把一絡げにして、虚仮にしたり、揶揄したりするような呼び名を付ける。それによって、誰が得したりいい思いをしたりするんでしょう?

ま、安全地帯で日々のうのうと過ごしているオジサンたちが、場末の飲み屋で若い世代の悪口をいう材料のひとつぐらいにしかならないんじゃないですか?

こんな虚仮にしたり揶揄したりするような下らない呼び名を、いい歳こいた「なにごとも安全運転で、壁や障害物を察知して未然に止まる」ような生活を何十年もしてきて、その結果として現在そこそこの役職と高い給料をもらっているオッサンたちが雁首揃えて考えているヒマがあるんなら、もっとその世代に期待した、やる気の出る呼び名を付けた方が、お互いよっぽど気持ちがいいじゃないですか?

こんな呼び名に新入社員がどんな感情を持つかは分かりませんが、いい気持ちはしないでしょう?目くじらを立てる人もいないかもしれませんが、「あ、おれたちってそんな風に見られてんだね。」とシニカルに構える人が増えても不思議じゃありません。

人間は言葉によって気持ちや将来の方向性が大きく変わる可能性を秘めた存在です。

こんな呼び名によって失われる情熱やモチベーションや行動やイノベーションを合計すれば、私に言わせりゃ「国家的損失」と言ってもいいぐらいに思われます。

もっとモチベーションが上がって、お互いの世代を認め合えるような呼び名はいくらでも作れると思うのですが・・。



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2014.04.01

苦しみ効果 その2

こんにちは。スマイラです。
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いよいよ桜満開ですね!もう早くもお花見に行った人もいるんでしょうね。

さて、昨日の続きで、この本を読んで思ったことです。

仕事に効く、脳を鍛える、スロージョギング  角川SSC新書 (角川SSC新書)仕事に効く、脳を鍛える、スロージョギング 角川SSC新書 (角川SSC新書)
(2011/09/10)
久保田 競、田中 宏暁 他

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日ごろは合理主義者と思っている私も、苦しい方が何となく効果があるように感じてしまうことを書きました。

どうして私たちは苦しいことの方が良いことというか効果的なことって思うんでしょう?

たぶん、学校教育が「苦しいことこそ効果のあること」「苦しみを乗り越える力こそ生きる力」という基本理念で教えているからなんだろうと思います。

たしかにそういう面があることは否定しませんが、それが行き過ぎて「苦しみ」が手段ではなくて「目的」と化してしまってはいないでしょうか?

その生きた証拠が、ジョギング中の私のような考え方と感じ方なんだろうと思うのです。

いろんな意味があるとは思いますが、私たちは特に学校での教育の中で、多くのことを「嫌い」になっていきます。

そして、これこそまさに「苦しみの目的化」の最大の過ちであり、罪科だと私は思う。

走ることを嫌いになり、歌を歌うことを嫌いになり、絵を描くことを嫌いになり、しまいには汗をかいて運動することさえ嫌いになってしまいます。

私たちがもし、プロのアスリートや音楽家や画家になってそれで食っていくってのなら、そりゃあ辛い訓練も耐えなければならないと思います。

けれども、こうして人生を豊かにするかもしれないものまで「苦しいもの」と植えつけて、学校教育の中で嫌いにし、遠ざけることが、国民全体の生活の中でどれほどのマイナスになっているかと考えたら、ちょっと恐ろしい気持ちがしてきました。

この本を読むと、苦しくなるぐらいの速さで走っても、歌が歌えるぐらいの速さで走っても、効果は同じと書かれています。そして、元々走るのが遅くて大嫌いだったオジサンが、スロージョギングを続けて参加した初めてのフルマラソンで4時間を切った(「サブ4」とよく言いますよね)ことも書かれています。

私は元々「走る」ということについて、まったくいいイメージを持ってませんでしたし(苦しく退屈なことと思っていましたし)、自分が毎日走るようになるなんてことも夢にも思っていませんでしたし、もしあの日に図書館で田中先生の「スロージョギング健康法」を偶然に手に取ることがなかったなら、今も走っていないことはもちろんですが、「いや、誰に何と言われようと、おれは絶対走らないよ。おれは走る馬を見て、賭けるの専門だから。走るのはサラブレッドに任せてる(笑)。」なんて、うそぶいていたと思います。

でも、こうして走るようになったのは、田中先生が「走る」ということに対して思いっきりハードルを下げてくれたからです。「そんなに楽ちんでいいのならおれにもできるかも?」と思わせてくれたからです。

でも、そういう風に、こんないい歳のオジサン(あ、これは私のことですよ)にでも可能性を感じさせ、「やろう!」という気にさせ、かつ、行動にまで後押ししてくれるものが本当の「教育」ってもんじゃないかなあと思うんです。

「苦しみ」によって得られる「効果」よりも、「楽しみ」を教えて得られる「効果」の方が、ひとりひとりの長い人生においては確実にプラスになると思いますし、ひいては国全体においても大きなプラスになっていくのではないかと、ちょっと大げさな結論になってしまいましたが、そう思ったことでした。



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