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2013.02.28

普通の言葉の商標登録 その2

こんにちは。スマイラです。

昨日の続きを書きます。

「こんな言葉が登録になるの?」とお客さまが驚くような言葉が登録になっているカラクリは、実はとても簡単なことで、そういうものはたいてい(というかすべてといっていいと思いますが)ロゴマークのような「図形」と一緒に登録になっているか、あるいは、その文字自体を相当にデザイン化して登録になっているか、のどちらかです。

たいてい、お客さまが驚くようなものは、普通の言葉を普通のフォントで書いたものにⓇが付いている場合ですから、図形と一緒に登録になっているというパターンがほとんどだと思います。

このような態様で商標出願をすれば、ロゴマークや図形の部分には「自他商品等識別力」が認められますから、その部分の識別力を以て登録が認められる、ということになります。

しかし、カタログやHPに表されるときは「☆☆☆(←図形デス)メロンパンⓇ」のようになりますから、「『メロンパン』なんて登録できるの!?」とびっくりしてしまうわけです。

こんな場合は、Ⓡが付けられている部分を注意深く見てみて下さい。図形と一緒になっているところにしか付けられていないことに、気がつくと思います。

ただ、注意をしなければいけないのは(上の例の「メロンパン」はちょっと極端ですが)、商標登録というのは、登録された時点(正確には登録査定が出された時点)で判断されていますから、現代の言語感覚で言うと「え、これが?」というようなものでも、その時点では誰一人として使っていなかった=十分識別力が認められた、ということもありえます。

特に、いわゆるIT関係などは、皆さんも実感されているように、言葉の浸透が非常に早いので、注意が必要かと思います。

この場合には、商標法に別の手当てはあるものの、原則として権利は有効に生きていますから、商標権侵害ということになってしまいます。

国によっては、この部分(上の例で言えば「メロンパン」の部分)の独占権を放棄しないと登録を認めないという制度を採用している国もありますが(これをディスクレーマーといいます)、日本ではこの制度を採用していませんから、どこの部分に独占権があり、どこの部分にないかは、書類だけでは分かりません。

ですから、こういうものを見つけたときは、すぐにそれを使うのを止めたり、むやみに遠慮するのではなくて、身近な弁理士さんにひとこと相談することをお勧めします。



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2013.02.27

普通の言葉の商標登録 その1

こんにちは。スマイラです。

今日と明日は、多少仕事に関係したことを書こうと思います。

ときどき、お客さまから「どうしてこんなものが商標登録されているのか?」というご質問をいただくことがあります。

「こんなもの」とは、丸っきり普通に、商品やサービスを直接的に表したような言葉のことです。

一般的に、商品やサービスの普通名称や、商品やサービスの内容やグレードを表すような言葉は、商標登録することができません。

ちょっと分かりにくい言葉ですが、弁理士は「自他商品等識別力(又は単に「識別力」)がないから」というような表現を使います。

つまり、商標というのは、自社(者)と他社(者)を区別するためのものですが、そういう言葉は区別するだけの力を持っていない、ということです。

たとえば、商品「チョコレート」に、「チョコレート」とか「甘いお菓子」というような商標を付けても登録はできません。

A社の物かB社の物かを、お客さんが区別できないからですね。

ですけど、もしかしたら新聞記事等でご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、「あずきバー」は、「あずきを加味してなる菓子」の商標として登録が認められました。

これは、全国的に「○○○といえば□□□の商品(サービス)だ」というぐらいに認知されれば、お客さんもA社とB社の区別ができますから、そういうものには例外的に登録を認めましょう、という規定があるからです。

しかし、そういうものとは別に、まったく有名なものでもないのに、明らかに普通の言葉だと思われる「○○○○」の後に、登録商標を示す「Ⓡ」が付けられているものがあります。

それを見たお客さまが「あれ?」と思って、ご質問をいただく、というわけです。

ちょっと長くなりましたので、続きは明日書きます。



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2013.02.26

アクションプラン

こんにちは。スマイラです。

この本を読みました。

「結果を出す人」はノートに何を書いているのか (Nanaブックス)「結果を出す人」はノートに何を書いているのか (Nanaブックス)
(2009/09/11)
美崎 栄一郎

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全体的に面白い本だったのですが、私が興味を引かれたのは「A書評」というものです。

「A書評」のAとは、アクションのことで、著者によると

「読み終わったあとに、本の内容から『実行すること』をノートに書いておきます。
読書ノートは『アクションプラン』なのです。」

というものです。

ビジネス書などで、その本を読んで、その中から実行する(真似する)何かを書き出しておく、というもののようです。

また、セミナーや勉強会についても言及しているのですが、こんな風に書いています。

「セミナーや勉強会に参加する場合、この場所で『何を持って帰るか』を先にイメージしてみてください。そして、それをノートに書いておきます。(中略)
そうすると不思議なことに、セミナーを聴きながら、その問題の解決法や新しい企画などを思いつくものなのです。」

いずれも、能動的な方法で、優れたものだと思いますので、今後参加するセミナーでは、実行していこうと思います。

弁理士試験の勉強について書いたときにも触れたのですが、私はルールを決めてシステマティックにノートを作るとか、記録を緻密に残すというのが、あまり得意じゃないというか、好きじゃない方です。

ですから、この著者のように「3冊のノートを上手に使って・・」なんてことは、とてもできそうにありません。

けれども、そういうのができる人に対する憧れのようなものは、実は密かにあって、「こんな風にできれば、自分ももうちょっと『デキル人』になれるかも・・?」という淡い期待もあり、ついつい手に取り読んでいました(笑)。

著者の「A書評」を見習い、この本の中のいくつかでも、できることから実行していこうと思います。



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2013.02.25

がんばれの思い出

こんにちは。スマイラです。

ふとしたきっかけで、こんなことを思い出しました。

もう10年近く前の話になりますが、高校の同窓会があり、帰省しました。そのとき、当時3歳だった娘も一緒に行きたいというので、たぶん初めて父親と娘の二人で遠出をしました。

同窓会も終わり、帰京する電車の中で、娘は寝入ってしまいました。

最寄の駅に着いたので、何とか娘を起こして、手をつないで、駅から家までの道のりを歩いてきました。

娘はまだ半分寝ているような、機嫌の悪いような状態でしたが、ずっと地面を向いたまま、無言で小さな足を運んでいました。

私は、荷物もあったし、ここで「抱っこ」なんていわれた日にはたまったもんじゃない、と思っていましたので(笑)、娘の歩調に合わせて「がんばれ○○ちゃん、がんばれ○○ちゃん」とずっと声を掛けていました。

しばらくそうして歩いてきた後で、もうしつこい掛け声はいいかなと思って、がんばれというのは止めました。

するとそれまで、地面ばかり見て、一言もしゃべらなかった娘が、急に顔を上げて「もっと、『がんばれ○○ちゃん』って言って」と言ってきました。

言うだけで家までちゃんと歩いてくれるなら安いもの(笑)、と思って、二人で声を掛けながら家までたどり着きました。

帰宅後のことはすっかり忘れてしまいましたが、手をつないで地面を見ながら無言で坂を下る、小さな娘の姿は、今もはっきりと映像で思い出すことができます。

今「がんばれ」という言葉は、なかなか微妙な立ち位置になっていますし、ウチの子たちも、親に「がんばれ」といわれて素直にがんばる歳でもなくなってきましたが(笑)、口に出すか出さないかは別としても、親は子に、大人は若者や子供たちに、いつも心の中ではこの言葉を掛けていなければいけないんじゃないかな、と思います。

3歳のときの娘のように、聞いていないように見えて、実は案外張り合いにしているのかもしれませんから。



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2013.02.24

仁和寺の和尚

こんにちは。スマイラです。

皆さんは「マネジメント」という言葉を聞いたとき、どのようなものをイメージするでしょうか?

私が頭に浮かぶのは「管理」とか、特に「会社における部下の管理」とか「適材適所の人員配置」とかもっとえげつない表現を使えば「処世術」のようなイメージです。

しかし、ドラッカーの日本語訳をほとんどしている上田さんによると、ドラッカーのいうマネジメントについてこう書いてあります。

「つまりマネジメントは、人を幸せにするための組織の運営の方法として誕生した。それは金儲けの手法でも、モデルに数字を入れるというゲームまがいのものでもなかった。」

ここで「組織」という言葉が出てきます。

ここでも、私が「組織」という言葉から思い浮かべるのは非常に狭くて、まず「会社」「事業体」、それから「家族」「国」「地方公共団体」程度です。

しかし、上田さんはこう書いています。

「ここでドラッカーの組織論が出てくる。専門知識を有機的に連携させ、さらには結合させる場が組織である。組織とは、企業、政府機関、NPOなど、人が目標に向かって共に働く場すべてを指す。したがって、知識が中心となる社会は必然的に組織社会となる。これからは脱大組織はあっても、脱組織はない。
もちろんここにいう組織とは硬直的、閉鎖的なものではない。とくにこれからは出入り自由のものとなる。雇用関係の有無さえ問わない。それは、協力、連携、パートナーシップを含む多様なつながりとなる。」

そう考えると、ドラッカーの本を読むときに、「マネジメント」は「ウィン・ウィンの築き方、やり方」というイメージを持って、そして、「組織」は「仲間」「チーム」ぐらいのイメージを持って読んだ方が、少なくとも「マネジメント=管理」、「組織=会社、事業体」という固定観念を持って読むより、ドラッカーの真意に近くなるように思えます。

有名な話ですが、「徒然草」の第52段に「仁和寺の和尚」の話があります。

最後は「すこしのことにも、先達(せんだち)はあらまほしき事なり。(少しのことにも、案内者はほしいものである。)」と締めくくられています。

これから読もうと思っているドラッカーの数多くの著作の中で、私自身が「仁和寺の和尚」にならないためにも、予めこの本を読んでおいてよかったなあ、と今つくづく、感謝と共に感じ入っています。



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2013.02.23

「経営者」は経営者のみにあらず

こんにちは。スマイラです。

昨日書いた本に続いて、今度はこの本を読んでいます。

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めてドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて
(2006/09/23)
上田 惇生

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昨日の本もこの本も、著者は上田惇生さんという方ですが、この方は、ドラッカーのほとんどの著作の翻訳をされている方で、いわばドラッカーの分身といってもいいぐらいの方です。

ここが外国の書籍の難しいところだなあと思うのですが、昨日書いた本の中にこんな記述があります。「経営者の条件」という本の解説で書かれていたことです。

「書名には『経営者』と入っていますが、大企業の経営陣や中小企業の社長のためだけの本ではありません。原題の『Effective Executive』を直訳すれば、『できる人』というほどの意味です。」

私は、外国の書籍の翻訳本を読むとき、原文を読むことはまずありません。英語の勉強のつもりで読んだこともないではありませんが、数えるほどです。

ですから、「経営者」とタイトルに書かれただけで「あ、自分には無縁のものだな」となってしまいます。ドラッカーならば、そこに「マネジメント」と言葉を重ねられると「自分にはもう全然関係のない本」と予断を下してしまいます。

けれども「できる人」とか「自分を向上させたい人」ぐらいのタイトルであれば、ちょっと手に取ってみようかな、となるかもしれません(もっとも天下のドラッカーの書籍タイトルとしてこれが適切かどうかは別ですが(笑))。

言葉の中にはいろんなニュアンスが込められていますが、それをひとつの言葉しか選択できない日本語の翻訳として伝えることは想像を絶するほど大変なことだと思います。

私自身も仕事で、外国の代理人からの手紙を訳していましたが、どうお客様に伝えるかというのには、いつも苦心していました。英語の問題というよりは、日本語選択のセンスですね。

それでも私の場合は、特定のお客様に伝える文章ですから、相手に合わせて考えることもできたのですが、不特定多数の方向けの書籍の翻訳となると、どれほどの困難があるか、想像もつきません。

ですから(明日、もうちょっと詳しく書こうと思いますが)、多くのドラッカーの翻訳をされて、原著を知り尽くした上田さんがこのような書籍を書いてくれて、原文のニュアンスを教えてくれていることは、とてもありがたいことです。

ドラッカーをすでに読まれた人も、まだ読まれてなくて、これから読もうと思っている私のような人も、原文に込められた意味や文脈をできるだけ正確に把握するためにも、この本から読み始めるのはいい手引きになるんじゃないかな、と思います。

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2013.02.22

互いに利のある関係

こんにちは。スマイラです。

今、この本を読んでいます(数ページを残してほぼ読み終わりました)。

P.F.ドラッカー 完全ブックガイドP.F.ドラッカー 完全ブックガイド
(2012/05/18)
上田 惇生

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私のドラッカーに関する知識といえば、せいぜい大ヒットした「もしドラ」を読んだ程度でした。

この本を読んで、これまでドラッカーをずいぶん誤解していたな、と感じるところがありました。

私はドラッカーをアメリカの人だとばかり思っていたのですが、出身はウィーンで、1937年にアメリカに渡っています。

ドラッカーは1909年生まれですから、人格の基礎を形成するであろう20代までのほとんどをヨーロッパで過ごしたということです。

もうひとつの誤解は、ドラッカーと聞くと、企業サイドとか経営者サイドからものを見て、論じているように感じていました。

本のタイトルもそういうものが多い感じがしますし、会社社会でも、役職の上の人がそれとはなしに引用してみたり、経済紙などでもしばしば用いられたりしているからです。

しかし、この本を読むと、ドラッカーの考え方のスタートには「人間(個人)の幸せ」というものがあるように思います。

そして、歴史を見ると、革命も、経済も、人間を幸せにすることはできなかった。

つまり、「イズム」では人間を幸福にすることはできなかった、という歴史の大きな前提に立ち、そこから「では何が人間を幸せにするのか?」ということを、様々な著書で論じているのだと思います。

ドラッカーが日本企業に警告を発した部分として、こんなことが書かれています。
「『いいものを作って安く売って何が悪い』とばかりにさかんに対米輸出を行っていた日本企業に、それでは行き詰ってしまうと警告を発してくれていたのです。
いいものを作って売ること自体は悪くないのですが、現地に雇用を発生させるなど、互いに利のある関係でなければ長続きはしないといったのです。」

これは、部分だけ(たとえば、自分だけ、ひとつの会社だけ、ひとつの産業だけ、ひとつの国だけ)がいい目に遭うことを望むことはできない、ということを示唆しているのだと思います。

安いものを買って、自分だけが得をしていると思っていたら、自分の給料はそれ以上に下がり、あまつさえ国全体の経済さえも沈んでしまった、というような状況に近いようにも思えます。

この本は、1986年に発行されていますが、そのときよりも今の方が「互いに利のある関係」は重要になってきているのではないでしょうか?



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2013.02.21

さらばMD、こんにちはPC

こんにちは。スマイラです。

ずいぶん前の話ですが、こんなニュースがありました。

私は、時代遅れという感じがしないでもないですが、最近でも音楽を聴くときは、CDかMDで聴くことが多いです。

CDプレーヤーはもう20年近く使っているヤマハの製品で、MDプレーヤーももう10年近く使っているソニーの製品です。

ちなみに(こんなの余程オーディオに興味のある人しか分からないと思いますが)アンプはクリスキットのパワーとプリ、スピーカーは自作の長岡鉄男先生設計のものを使っています(ま、そんなことはどうでもいいことですね(笑))。

携帯音楽端末といわれるものも持っていますから、移動中はそういうのを使いますが、家ではCDかMDを、アンプを通してスピーカーから音を出して聞いています。

「そんなのはノスタルジーに基づいた錯覚」と言われれば「大いにそうである」と答えるしかないのですが、レコードから音楽鑑賞の歴史が始まっている私の世代では、いちいち勿体をつけて媒体を変えた方が能動的に音楽を聴けるような気がするのです。

そんな私も、先日さる人のオルグ(笑)を受け、PCオーディオの導入に踏み切りました。

とは言っても、安いUSB-DACを購入してアンプに接続しただけなんですが・・。

USB-DACの方が、音がいいというのですが、私には正直違いが分かりません。気持ち音場が広いかなあ、という気はするのですが、単なる錯覚のような気もします。

でも、それほど新しい物好きではない私までもがPCオーディオにちょっとずつですが比重を移し、一方で商品としてのMDが消えていくとなると、いよいよ時代の変化は激しいものだなあ、という気がします。

レコードからCD、その後のMD、それぞれの消えていくスピードを知る者としては、少々切ない気もしますが、これぐらいで切なくなっているようでは、これからの変化の時代、毎日感傷に浸っていなければならなくなってしまいそうです(笑)。



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2013.02.20

お金は羽根が生えたように出ていくのか?その2

こんにちは。スマイラです。

昨日の続きです。

私たちはよく「お金に羽根が生えたように出ていく」という言い方をします。もちろん、私もよく使っています。

けれども、この本を読んで、周りのお金持ちの人たちのことを考えていたら、そういう考え方とか物言いがいけないのかな?と思うようになりました。

たぶん(もう想像の世界でしかないのですが(笑))、お金持ちの人たちと、私も含めてあまりお金持ちじゃない人たちの一番の違いって、ここなのかな、と思います。

「お金に羽根が生えたように出ていく」と言うとき、そこに見えているのは「お金の出口」だけで、「お金の入口」のイメージはまったくありません。「出て行くイコールさよなら」という感じです。

でも、お金持ちの人たちは、自分からお金が出て行くときに、もしかしたら「このお金が一回り大きくなって自分の元に戻ってくるかも」という「お金の入口」のイメージを持っているのかもしれません。

たとえば子供を外国に武者修行に出すとか、自分の娘をお嫁に出すというような・・。

そこには、武者修行を終えて一回り大きく成長した子供や、孫を連れて幸せな家庭を築いた娘が家族と一緒に「再び戻ってくる」というイメージがあります。

お金は、自分の手元から消えたからといって、蒸発してしまうわけではなくて、世の中の誰かに渡っています。

そして、それは巡りめぐって、いつか自分に還ってきているはずです。はっきりとは見えにくいだけで。

お金の出口しか見えてないというのはいかにも品がないなあ、と感じましたので、私はもうこれからは「お金に羽根が生えたように出ていく」という表現を使うのは止めようと思います。

買い物でも、税金でも、自分から出て行くお金については「このお金が、社会のどこかで誰かの役に立っているんだ」と思い、口に出すようにしようと思います。

そして、「自分も家族も、どこかの誰かが出してくれたお金で平凡だけども幸せな暮らしができているんだ」と思い、口に出すようにしようと思います。

まるで、国税庁の標語みたいな感じになってしまいますけど(笑)。



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2013.02.19

お金は羽根が生えたように出ていくのか?その1

こんにちは。スマイラです。

ちょっと前の話ですが、この本を読みました。

稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?
(2010/12/02)
亀田 潤一郎

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人を食ったようなタイトルの本ですが、読んでみたら結構面白かったです(笑)。

長財布の方がいいとか、お金を擬人化して云々ということは、私にはよく分かりませんでしたが、この本を読んで「たしかにそうだなあ・・」と思ったことがあります。

それは(身も蓋もない話ですが)「お金持ちの人たちはお金が好きである」ということです。

私の周りには、そんなに多くのお金持ちはいませんが、数少ないお金持ちを見る限りでは、彼ら、彼女らは、はっきりとお金が好きです。

実際にそう口に出して言う人もいますし、言わない人でも見ていれば分かります(断っておきますが、これは決して、蔑みではありません。)

お金が好きな人というのは、お金を心から信じている人なのだと思います。
お金を心から信じている人とは、お金の本当の力を知っている人だと思います。
そして、お金の本当の力を知っている人とは、この本の著者もそうですが、お金の力に捻じ伏せられた経験を持つ人が多いと思います。

こんな風に書くと「そういう人たちはがめついんじゃないか」とか「けちけちしてるんじゃないか」と思うかもしれませんが、私の知る限り、そんなことはありません。

お金の力を信じている彼ら、彼女らの考えていることは(私の想像に過ぎませんが)「生き金を使いたい」ということで、生き金だと思えばバンバン使います。

この本の表現でいえば「消費ではなく、投資」ということでしょうか。

普通の人から見れば、一見「消費」に見える使い方も、実は(結果がどうなるかは別としても)、ちゃんと彼ら、彼女らなりの「投資」の原則に適っています。

「投資の原則に適っている」とはどういうことかといえば、お金の出口と入口が頭の中で整然と繋がっているということです。

ちょっと長くなりましたので、続きは明日書きます。



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2013.02.18

値下がりはいいこと?

こんにちは。スマイラです。

朝日新聞の「経済気象台」というコラムに、野田聖子議員が「物価が安いことに越したことはないのでは」という質問をしたとのことが書かれています。

また、20年ほど前に羽田総理が物価低下を歓迎し、「物価低下による実質所得倍増」というスローガンを掲げようとした、とも書かれています。

以前、この記事でも書きましたが、ほんの数十年前、バブルの最中からバブル崩壊前後(といっても、当時は崩壊との認識は、私ももちろんのこと、ほとんどの人にありませんでしたが)にかけて、「物価(特に地価)値下がり大歓迎!」というムードはたしかに強くありました。

値段が下がれば家が買える、買おう、とみんな思っていたのです。

その時は、賃金も雇用も維持されたまま、物価だけが下がるという甘い想定をしていたのです。

蓋を開けてみれば、当然のことですが、物の値段が下がれば企業業績も低下し、日本は長いデフレスパイラルに入ってしまいました。

先日のニュースで、景気回復への期待が出てきていることを報道したすぐあとに、ガソリン代が値上がりして困っているというニュースを伝えていました。

「物価が安いに越したことはない」というのは常に「現状の収入が維持される限りにおいて」という大前提が成立した上で成り立つ話しである、ということを、バブルとその崩壊から少なくとも政治家は学んでいなければいけないと思います。

ガソリンの仕入れ価格が上がっても、売値を上げられなければ、ガソリンスタンドの利益は減りますから、従業員の賃金を下げたり、場合によっては辞めてもらわなければいけない状態になります。

景気や雇用の回復を願い、次世代が安心して仕事に就ける社会を望むのなら、「おれはガソリンスタンドで働いているわけじゃないから」と考えるのではなくて、「もし、自分がガソリンスタンドで働いていたら・・?」と考える視点が大事なのではないか、と思います。

値段が下がって、喜ぶ人ばかりではありません。



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2013.02.17

がんばれ!高梨沙羅!

こんにちは。スマイラです。

高梨沙羅選手が、スキージャンプW杯女子で、今季7勝目を上げたというニュースが入ってきました。

先日、夜眠れずに、少しだけテレビを見ていたら、蔵王で行われていたジャンプの試合を放映していました。

私は、スキーをしたこともなく、ウィンタースポーツ全般をほとんど知らないのですが、高梨沙羅選手の名前は、ニュースなどの報道で知っていました。

けれども、試合の中で(他の選手と比較できる状況で)高梨選手の姿を見たのは、これが初めてでした。

失礼な物言いになってしまうかもしれませんが、外国人選手と並ぶと、大人と子供ほどに見える、小さな高梨選手が、誰よりも遠くまで(それも高梨選手一人だけ桁違いに!)飛ぶのを見て、圧倒されてしまいました。

まったくの素人(というかそれ以下)の印象で申し訳ないのですが、他の選手が、より遠くへ飛ぼうとしてジャンプしているように見えるのに対して、高梨選手だけは、驚くほど自然に斜面を滑り下り、驚くほど自然にジャンプしているように見えました。

ああいうのを見ると「ああ、天才ってこういう人のことをいうんだなあ・・」と思います。

蔵王の試合を見ていたら「来年のソチ・オリンピックでこの子が金メダルを取るのは確実!」と、素人の強みで(笑)、勝手に確信を持ってしまいました。

ただ、多くの人が言うように、勝負には時の運が必要なので、オリンピック本番まで、怪我や病気をせずに、順調に駒を進めてほしいなと思います。

高梨沙羅選手は(並べるのも申し訳ないのですが・・)ウチの長男と同い年で、誕生日も数ヶ月違いです。

ウチの子も含め、同世代に勇気と希望を与えるためにも、頑張ってほしいです。
応援しています!



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Posted at 23:12 | 日常 | COM(0) | TB(0) |
2013.02.16

身の上話

こんにちは。スマイラです。

今、NHKの深夜の番組で「書店員ミチルの身の上話」というドラマをやっています。

まったくの偶然ですが、私はちょうど一年ぐらい前に、このドラマの原作本を読んでいました。

身の上話身の上話
(2009/07/18)
佐藤 正午

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原作は、佐藤正午さんの「身の上話」という結構厚い小説ですが、「この先どうなるんだろう?」という興味で、あれよあれよという間に読み終えてしまいました。

佐藤正午さんの小説を読んだのは、この本が初めてだったのですが「この人は達者な物語作家だなあ・・」と感銘を受け、そのあとも彼の小説を何冊か立て続けに読んだので、よく覚えていました。

ドラマのタイトルが「身の上話」だけなら気がつかなかったかもしれませんが、主人公の「書店員ミチル」が入っていたので「あ、あの本だ!」とすぐに気がついたのでした。

原作を下敷きにした小説のドラマ化や映画化には、しばしば賛否両論出てきますが、私はたいていどっちも楽しめるタイプです(笑)。

似ていれば同じものだと思えばいいし、違っていれば別ものとして楽しめばいいだけですから。

ちなみに、こういう原作を元にしたドラマや映画を、著作権法では「二次的著作物」といい、原作の方を「原著作物」といいます。と書いて、ちょっと弁理士らしさを見せてみたりします(笑)。

今回の「書店員ミチルの身の上話」も、どうにもこうにも身も蓋もない展開に、小説のときと同様、楽しく見ています。

こういうものって、原作に比較的忠実にドラマ化するものと、そうでないものに分かれると思いますが、この「身の上話」は、私の見るところほぼ原作どおりにドラマ化しているように思います。

佐藤正午さんの小説はおすすめです。ぜひ読んでみて下さい。



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Posted at 22:25 | 日常 | COM(0) | TB(0) |
2013.02.15

手書き

こんにちは。スマイラです。

昨日、たまたま娘と見た「カンブリア宮殿」で、筆記具のパイロットを取り上げていました。

面白いなあ、と思ったのは、東芝テックと共同開発した「消せるコピー機」です。

パイロットには「フリクション」という消せるペンがありますが、それを応用して、専用の機械を一回通過させると、文字が全部消えるコピー機を展示会に出品していました。

それもすごいと思ったのですが、営業の方が、日報などをすべて手書きで書いているというのも驚きました。

私が社会人になったころは、伝票も見積もりも日報や週報も手書きの時代で、それが当たり前だったので特に面倒とも感じなかったのですが、今、手書きで何かを書こうと思うと、それだけで身構えてしまいそうです(笑)。

実は私は、ずいぶん前から万年筆好きで、パイロットやセーラーなどの国産の万年筆も数本持っていますし、モンブランやパーカーやラミーやそれ以外の外国の会社の万年筆も何本も持っています。

弁理士試験の論文試験も、水性ボールペンの方がいいよ、と言われたりもしたのですが、あの変な(なんていったら怒られてしまいますが)弾力性に最後まで馴染めず、万年筆を使い続けました。

だから、手で書くのは決して嫌いではないのですが、やっぱり今は、キーボードの方が楽です。

手書きのメリットは十分認めつつも、自分で書いてしまった駄文を、一瞬のうちに目の前からも、頭の中からも、自己嫌悪とともに消せるというメリットは、何ものにも代えがたいです(笑)!



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2013.02.14

バレンタインデー

こんにちは。スマイラです。

今日はバレンタインデーでしたね。

ウチは、男3人、女2人の家族構成なので、どんなにモテない人でも、チョコ2個は確実に確保されます。
最終的に誰の口に入るのかは別として(笑)。

でも、世間では、女の子同士がお互いにあげるのがメインストリームになっているみたいですね。

数日前に娘が作成した「バレンタインチョコをあげる人」のリストを見たら、43人!とか書いてあってびっくりしました!

だいたい、結婚式の出席者でもないのに、リストを作らなければ自分で全貌が把握できないってどういうことだよ?と思ってしまいます(笑)。

ほとんどすべて女の子の友だちです。

何でも、学校にバレンタインのチョコを持っていくのは禁止らしくて、帰宅するや否や、たくさんのチョコを持って、敏腕営業マンもかくや、という感じで、友だちの子の家に持って行きました。

クラスによっては、一旦帰宅後、再度学校に集合して渡す、という手の込んだこともしているみたいです。

妻はバブル期にゼネコンの役員秘書をしていたため、数百円のチョコがブランド物に化けて還ってくる、と喜んでいましたが、時代はすっかり変わったということですね。

こういうのって「学校内はダメ」のように、何かと批判の的にされることも多いのですが、贈る側に過分の負担がかかるのは考えものだとしても、まあ、それで数分でも数時間でも数日でも楽しく過ごせるんなら、あまり目くじら立てる必要もないんじゃないのかな、と思います。

クリスマスも、お正月も、バレンタインデーも、お月見も、お彼岸も、最近ではハロウィーンでさえも楽しめる(というか受け容れられる)国民性ってのは、信心深い国の人たちから見れば軽薄に映るでしょうが、それも含めて日本人の良さと考えた方がいいのかなあ、と最近は思っています。



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Posted at 21:35 | 日常 | COM(0) | TB(0) |
2013.02.13

OB・OG主義

こんにちは。スマイラです。

大阪の桜宮高校から始まって、他の学校の部活動や、オリンピックの女子柔道に至るまで、体罰が大変な問題になっています。

それとはちょっと話がずれるかもしれませんが、柔道連盟の記者会見を見て思いましたが、どうしてああいう競技者団体幹部とか、監督とかコーチは、その競技のOBが占めているのでしょうか?諸外国でも事情は同じなのでしょうか?

たとえば、サッカーの日本代表の監督でも、ジーコはともかく、トルシエも、ザッケローニも、選手としては(少なくとも日本では)無名です。

けれども、監督としてはそれなりの実績を上げています。

昨年就任するなりパリーグ優勝まで導いた、我が日本ハムの栗山監督も、こういっては失礼とは思いますが、他のチームの監督の現役時代の錚々たる実績と比べると、見劣る現役時代だったと思います。

私の好きな競馬の世界でも、活躍している調教師で、騎手経験のない人がかなりいます。

「馬と人間は違う」と叱られそうですが、そういう皮相的なことを言っているのではなくて(というより、言葉の通じないモノ相手なんだから、ある意味人間以上に大変ではないかと私などは思ってしまいますが・・)、「名選手必ずしも・・」といわれるように、選手時代の実績と指導者としての実績に、ある程度の相関関係が見られるのなら、OB・OG主義も穏当な考えだとは思いますが、やはり、選手に求められる能力と、幹部や監督や指導者などのいわゆるマネージャーに求められる能力とは、まったく違うものだと思います。

OB・OG主義が悪いといっているのではなく、部活でもオリンピックでもプロでも、スポーツ指導者になるための学習なり、資格なり、強制的な実習なり、キャリアパスなりを、きちんと考える時期になっているのではないでしょうか?

ちなみに、って感じですけど、競馬の調教師になる試験は、かなり難しいそうです。タイキシャトルやシンボリクリスエスを育てた、名調教師の藤沢和雄さんの本に書かれてました。



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2013.02.12

弱者が犠牲を強いられる

こんにちは。スマイラです。

ちょっと古い記事ですが、2月7日の朝日新聞の「私の視点」欄に、弁護士の工藤一彦先生の投書で「移動権」について書かれたものがあります。

移動権については、私もこの記事で書きました。

また、この記事に書いた3人乗り自転車での川崎市の事故は2月4日朝のことですから、それを踏まえての投書ではないと思われますが、まるでそんな事故を予見していたかのような投書になっています。

これまで、このブログでもしばしば書いてきたことが端的に書かれており、心強く思いましたので、引用させていただきます。

「そもそも日本は、道路交通事故で亡くなる歩行者や自転車走行者の割合が、欧米諸国に比べて際立って高い。根っこにあるのは、狭い国土で人が車との共存を強いられてきた現状だ。しかも車が「主」で歩く人は「従」である。
明らかに主従が逆転した交通政策の精神は、歩道橋のあり方に端的に表れる。足の弱った高齢者に歩道橋を渡ってもらうのではなく、生活道路の安全を保障し、子供たちも含め、歩く人のすべてが道路の主役になる政策への転換が、いま求められている。」

先日の川崎市の事故は、右側通行をしており、対向自転車を左に避けようとして転んだのが原因のようです。

けれども、これを以て「右側走行をしたのが悪い」ということは言えません。

このお母さんは、詳しい事情はわかりませんが、もしかしたら不安定な自転車での送り迎えの中、自分に近づく車が見えない恐怖から右側走行をしていたのかもしれませんし、道路構造からやむを得ず右側走行をしていたのかもしれないからです。

妻や、他の女性に聞くと「左側を走るのは、自分に近づいてくる車が見えなくて怖い」としばしば言います。

車も意地悪に「どけどけ!」とばかりに自転車の際をわざと走っていくのもあります。
私はこの前、道幅の広い道路でそれをされて、道路脇の生垣にぶつかりながらよけました。

私でも恐怖を感じるぐらいですから、子供を乗せた女性では、さぞ怖いと思います。

幼稚園や学校の近くでは、通園・通学の時間帯ぐらいは、関係のない車両は入れないようにする、というようなルールは作れないものなんでしょうか?

進入禁止用の柱を数本つければ済むのですから、安価で簡単だと思うのですが・・。



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2013.02.11

ああ無情

こんにちは。スマイラです。

私は見ていませんが、今「レ・ミゼラブル」の映画が大ヒットしているみたいですね。

先日、誰かが話しているのを聞いたのですが、今の若い子たちには「レ・ミゼラブル」と言えば通じるけど、「ああ無情」と言っても通じないんだそうです。

とはいえ、私の世代には、やっぱり「レ・ミゼラブル」より「ああ無情」ですねー(笑)。

実は「ああ無情」にはちょっとした苦い思い出があります(いえ、ぜんぜん深刻な話ではないんですが・・)。

子供の頃、たぶん父が買ってきたと思うんですが、ウチに「ああ無情」の児童本がありました(当時はそれが児童本とは知りませんでした)。

子供向けの本としては、ページも多くて分厚く(たぶん3センチぐらいはあったと思います)、字も小さかったので、しばらく敬遠していたのですが、あるとき意を決して読み始め、何日かかけて読み終わりました。

子供心にも達成感があったのか、それとも単に時間がかかったせいなのか、今でも、ジャン・バルジャンが火箸を腕に当てている残酷な挿絵を思い出すことができます。

それから何年た経ち、詳しいことはもうすっかり忘れましたが、ふとしたきっかけで、自分の読んだ「ああ無情」は子供向けの短縮版であり、原典ではなかったことを知ることになります。

ああ、なんという残酷な仕打ち。
あの達成感も、充実感も、すべてはまがい物だったのです・・(笑)。

・・とまあ、私の子供時分の話はそれで終わりなのですが、それはそれとして、豊かな才能と情熱の賜物とはいえ、150年も前に一人の人間によって書かれた小説が、自分(というのはユーゴーのことです)の見たこともない映画になって、今も世界中の多くの人々に感動を与えることができるなんて、小説家というのはつくづく羨ましい仕事だなあ、と思います。



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Posted at 17:44 | 日常 | COM(0) | TB(0) |
2013.02.10

ヘッドホン

こんにちは。スマイラです。

お休み中なので、昨日に続いて力の抜けた記事を書きたいと思います(笑)。

「弁理士受験新報」に掲載した合格体験記でも書いたのですが、私は試験勉強期間を通じて、音声を中心に勉強をしていました。

歩いているときも、通勤中の電車の中でも、気軽に勉強を進められますし、字を書くと時間ばかりかかる割に、あまり頭に残らないからです。

それに、弁理士試験には「論文試験」という山場があって、この練習をするのを「答案練習会」略して「答練」というのですが、そこで散々字を書かされるので、それ以外のところではなるべく字を書かないで手を休めておこう、と思っていたのでした(笑)。

私は、耳の中に入れて音を聞くというのにどうにも馴染めなくて、荷物にはなるものの、イヤホンではなくずっとヘッドホンを使っています。

試験勉強期間中は、ソニーの3倍速再生が可能なICレコーダーをずっと使っていたのですが、毎日何時間も使うので、ICレコーダーも、ヘッドホンも、結構潰してしまいました。

そんな調子だったので、いろんなヘッドホンを使ってきたのですが、私が試した中ではAKG(アーカーゲーと読むそうです)という、ドイツの会社のヘッドホンが、一番いいと思いました。

サイズも値段も手頃ですし、折り畳めるから持ち運びも苦になりませんし、何より音がいいです。

もし、ヘッドホンをお探しの方がいたら、候補のひとつとして検討してみて下さい。

今もソニーのICレコーダーは使っていますが、3倍速で聞くのは、セミナー前のリハーサルぐらいになってしまいました・・(笑)。



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Posted at 20:35 | 弁理士試験 | COM(0) | TB(0) |
2013.02.09

菜の花

こんにちは。スマイラです。

今、ウチには長女が学校で活けてきたという花があります。

活けてきたとはいっても、そこはそれ、公立小学校のことですから、花器に剣山を置いて、なんていうものではなくて、2リットルのペットボトルの底の部分を使って、そこにちょっと硬めのスポンジ(?)を入れ、スポンジに穴を開けて花を挿してあるだけのものです。

背の高い菜の花と、あともう2種類ぐらいの花(すみません、私は草花の名前をほとんど知らないのです・・)を活けてありました。

持ってきたときは数日で枯れてしまうだろうと思っていて、実際、菜の花以外はみんなしおれてしまったのですが、菜の花だけはぐんぐん伸びていて、もう持ってきたときより20センチは高く成長しています。

ウチは、長男も長女も、いわゆる現代っ子の体形というか、細くて薄いのに背ばかりは高いので(次男も学年では背が高い方です)、妻は「ウチは、子供も花も、背ばかり伸びる」と笑っていましたが、菜の花の生命力がこんなに強いものとは知りませんでした。

花を生けた本人である長女は、4月から中学生になります。

環境も変わりますし、年齢からいっても、これから大変なことや悩みなどもたくさん出てくるとは思いますが、自分が活けたこの菜の花のように、生命力旺盛に、まっすぐ高く伸びていってほしいと思います。



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Posted at 22:51 | 日常 | COM(0) | TB(0) |
2013.02.08

ファミリーヒストリー その2

こんにちは。スマイラです。

昨日の続きです。

ファミリー・ヒストリーを見ていると、自分の祖先にもこんな歴史があったのかなあ、と、ふと思うことがあります。

けれども、うちは(よくは知りませんが)たぶん父方も母方も平凡な百姓だったので、取りたてて話題になるようなことはほとんどないと思います(父方の実家は松下村塾のすぐ近くなので、鵜の目鷹の目で探せばちょっとは明治維新に関係した人もいるのかもしれませんが(笑))。

そんな中で、私の知る範囲で一人だけ「へー」と思った人がいます。

それは、母方の祖母の父、つまり私から見ると曽祖父に当たる人ですが、その人がアメリカに渡った、という話を聞いたことがあります。

とは言っても、ホントに話しはそれだけで、それ以降のことを知っている人は誰もいないようです。

祖母も知らなかったようですし、私自身も祖母とはよく話をしましたが、この話を祖母から直接聞いたことは一度もなく、母から聞いただけです。

祖母が歳を取って病気で入院し、少々記憶がおぼろになってきたころ、見舞いに行った母が「おばあちゃん、今どこにいるかわかる?」と聞いたら、祖母が「今、(自分は)アメリカにいるんだよ」と言っていたというのを、母から聞きました。

曽祖父が、祖母が何歳のときにアメリカに行ったのかも知りませんが、記憶が薄らいできた時期に口に出すほどですから、祖母にとっては恐らくは痛切な記憶だったのだろうと思います。

その後どうなったのか、アメリカで亡くなったのか、日本に帰ってきたのかも、誰も分かりませんし、調べてもいないようですが、もしかしたら自分と血の繋がっている人がアメリカにいるのかもしれないと思うと、家族、血族というのは、たしかになかなか奥深いものだ、と思います。

あの番組が面白いのも道理ですね(笑)。



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2013.02.07

ファミリーヒストリー その1

こんにちは。スマイラです。

NHKの「ファミリー・ヒストリー」という番組が好きで、毎週録画をしては見ています。

内容は、ご存知の方も多いと思いますが、毎週一人の有名人の祖先を辿り、その一族の歩みを追う番組です。

この番組を見るたびに感じるのは、遠いと思っている明治や江戸時代ってのは、案外ちょっと前のことなんだなあ、ということです。

実際、私の祖父母は4人とも明治の生まれですし、そこから一、二代遡った祖先は江戸時代を知っている人でしょう。

歴史の大転換点である明治維新をリアルタイムで経験した人が、もうそこにいる、ということになるわけです。

祖先は、倍倍ゲームで増えていきますから「ファミリー・ヒストリー」でもそうですけど、どんどん意外な事実が出てくるのが面白いですね。

今日はちょっと時間がないので、この続きは明日書こうと思います。



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2013.02.06

自転車と自動車

こんにちは。スマイラです。

このニュースをご存知の方も多いと思いますが、本当にやりきれない気持ちになります。

ウチも、数年前までは妻が電動自転車の前後に長男と長女か、長女と次男を乗せて、幼稚園への送り迎えをしていましたので、他人事とは思えないです。

今でも時折、通園時間帯にウチの子供たちが通っていた幼稚園の近くを通れば、自転車の前後に子供を乗せたお母さん方が送り迎えをしている光景があります。

子供が二人以上いる家庭では、お父さんは会社に行っているので、ウチに赤ちゃんを置いていくわけにもいきませんから、このように自転車の前後に子供を乗せて幼稚園や保育園に送り迎えをするというのは、避けられないと思います。

そうなると、私も長男を乗せていたときに経験がありますが、自分の降りた側に倒れそうな分には何とか力で押さえることができますが、何かの弾みで反対側に重心がいってしまうと、どうにも押さえることができません。

今回の事故がどんな状況で起こったかは、新聞で見る限りでしかわかりませんが、しばしばこのブログでも書いてきた交通行政、特に自転車についての交通行政に大きな原因があるように思われて仕方ありません。

体罰の問題でもそうでしたが、人が亡くならなければ何も変わらないのも情けない話ですが、けれども、今回のような事故が二度と起こらないようにするためにも、一度いろんな制約を抜きにして、道路などのハードウェアと交通教育などのソフトウェアの両面から、抜本的に自転車の交通行政について考えてみることが大事なように思います。

こんなことも何度か書いていますが、今回の事故の要諦は「自転車が倒れた」こととか「子供がシートベルトをしていなかった」ことではなくて、「自転車と自動車の距離が近すぎる」ことだと思っています。

必死に子育てをしている弱き者に、責めの刃が向けられないことを願っています。



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2013.02.05

信じること、待つこと

こんにちは。スマイラです。

昨日書いた桑田真澄さんの「心の野球」には、ちょっとほろっとする話が書かれています。

ご長男が中学二年生の頃から、高校野球に関する本を読むようになったそうです。

そうすれば、当たり前のことですが、嫌でも(いや、全然嫌じゃあないんでしょうが(笑))偉大な父の記録を見ることになります。

そして、1年生で甲子園に出て優勝したことを、自分と比べて、父である真澄さんに言ってきたそうです。

それに対して桑田さんは、
「すごいと言ってくれるのはうれしいけど、それは違うんだよ」
と諭すそうです。

こう書いています。

「人生には人それぞれのペースがある。(中略)
事実、人生の早い時期に才能が花開きながらも、早熟で消えていってしまう人がたくさんいる。その一方で、大器晩成型の選手だっているのだ。」

親はもちろんのこと、子供に関わる仕事についている人たちや、人を育てる立場にいる人たちは、この信念を常に持って接しなければいけないな、と、これは自戒も込めて思います。

よく言われることですが、子供が生まれるときは「ただ、健康であって欲しい」という願いが、年を追ううちに「もうちょっと勉強を」「もうちょっと運動を」「もうちょっと素直さを」とどんどん欲が出てきてしまうものです(笑)。

私も含めて、親が子供に小言をいってしまうのは、ただただ偏に我が子の将来が心配なだけなのですが、そこをぐっとこらえて「いつかこの子たちも分かるときが来る。自分なりの花を咲かせるときが来る」と深く信じて接しなければいけないな、と、感じ入りました。



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2013.02.04

心の野球

こんにちは。スマイラです。

この本を読みました。

心の野球―超効率的努力のススメ心の野球―超効率的努力のススメ
(2010/06)
桑田 真澄

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大阪の体罰問題に関連して、桑田さん(私の世代だとどうしても「桑田投手」と書いてしまいそうになります(笑))が積極的に発言されているのに興味を持ち、読んでみました。

読んでみてよく分かったのは、桑田さんという人は、非常に合理的な考え方をする人なんだなあ、ということです。

日本のスポーツ指導者にありがちな「精神論」や「根性論」を徹底的に排しています。
そして、そうすることが、長い目で見てそのスポーツを発展させていくただ一つの道である、という確信に満ちています。

弱冠高校1年生で甲子園で彗星のようにデビューしたと思ったら優勝し、甲子園のヒーローとなり、巨人でも何年もエースとして投げ、40歳直前まで現役を続けるというのは、才能は当然のこととして、私のような凡庸な人間にはとても想像できないほどの節制と質の高い努力とプロフェッショナリズムの賜物だろうと思いますが、この本を読むとそのことがよく分かります。

この本は2010年に発行されています。

その中ですでに桑田さんは、特に少年野球の指導者に対して(桑田さんは麻生ジャイアンツという少年野球チームを指導しているそうです)、相当辛辣で忌憚のない意見を述べています。

その意見は、今ちょうど体罰問題で桑田さんがコメントしていることと、ほとんど同趣旨です。

こう書いてあります。

「これだけは言いたい。
『一度壊れてしまった身体というのは、壊れる前の身体には絶対に戻らない』
『一度壊れてしまった心を元どおりに修復することはできない』」

他にも「さすがは超一流選手の地位を何年も維持してきた方だ」と思わせることがたくさん書いてあります。

興味を持たれた方がいらっしゃったら、ぜひ読んでみて下さい。

普通の社会人はもちろん、野球ファンや、特に少年スポーツの指導をされている方などなら、蒙を啓かされる言葉が、一度ならず登場すると思います。



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2013.02.03

がんばれ!ゆとり世代!

こんにちは。スマイラです。

今日の朝日新聞の声欄に、教育学部の大学1年生から「ゆとり世代 生かす環境望む」との投書が載っていました。

高校1年生の妹さんから宿題を教えてと言われて、自分がゆとり世代だと実感した、と書かれています。

そして、こう書いています。
「『これだからゆとりは・・・・』と言われることがありますが、私たちは自らゆとり教育を希望したのではありません。」

ウチには3人の子がいて、それぞれ4歳ずつ離れていますので、みんな公立の学校ですが、受けた教育レベルはすべて異なっています。

長男から長女、次男となるにつれて、ゆとりからだんだんきつくなっているような状態です。

ちなみに長男は、投書の方と世代が近いせいか、まったく同じようなことを言っています。
「勝手にゆとり教育を受けさせられて、馬鹿にされるんじゃあ割が合わない」と。

でも、自分がある世代に属して、それによって馬鹿にされたとしても、全然気にする必要なんてありません。

私の世代は、間違いなく「ゆとり」ではない世代ですが、別にだからといって、同世代の人間を見ていて、悪いけど、教養豊かだとか常識豊かだなんて感じたことはありません(笑)。

もっといえば、生意気ながら、私より十や二十も歳が上の人と話しをしてみても「この人の教養はすごい!」とか「この人の知識には到底敵わない!」なんてあまり思ったこともありません。

むしろ「はったりだけなんじゃないの?」とか(ちょっと意地悪ですが)「それって、中吊り広告のダイヤモンドとか東洋経済の見出しじゃない?」と思ってしまうことがしばしばあります(笑)。

世代論は、ときどき跳梁跋扈することはありますが、何も心配いりません。
最後は個人です。

投稿された方も(そして、ウチの長男も)、まだまだ若いんだから「ゆとり世代」と馬鹿にする人たちを、軽く見返せるぐらいの教養と常識と知識を身につけたらいいんです。

たとえどんな世代に属していようと、直接話しをしてみて「この人には敵わないな・・・」と思った人を「ゆとり」なんて馬鹿にする人はいませんよ。

それでも、もしされたとしたら、馬鹿にした人は本当のお馬鹿さんか、単なるやっかみです(笑)。



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2013.02.02

見栄えも大事

こんにちは。スマイラです。

この本を読みました。

もっと儲かりまっせ。―カネなし、ヒトなし、技術なしで小さな会社が「日本一」儲ける本もっと儲かりまっせ。―カネなし、ヒトなし、技術なしで小さな会社が「日本一」儲ける本
(2003/04/04)
栗本 唯

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タイトルはいかにも品がありませんが(笑)、中身は至極真っ当というか、むしろお勧めしたい内容です。

特に同業者(=弁理士)や、コンサルティングを仕事にしている人たちには、一読をお勧めしたいです。

この本の内容を、私なりに解釈して、かいつまんで説明すると、ある商品を売るとして、その商品自体を「ハードウェア」、商品以外の要素を「ソフトウェア」とすると、「ソフトウェア」の重要性や「ソフトウェア」の強化についてかなり具体的に、踏み込んで書いています。

「ソフトウェア」の中には、もちろん我々の主な仕事である「知的財産権」も含んでいます。

一例を挙げると、自社独自の商品や技術に名前をつけてカタログを作る、ということを勧めています。

そして、そのカタログも「見栄えよく」作ることを勧めています。

さらに「パッケージを立派にすること」「デザインをよくすること」を勧めています。

「そんなにいろいろしたら、お金がかかってしょうがない」という意見に対しては、「その分価格を高くすること」を勧めています。

名前をつけ、カタログを作り、パッケージやデザインをよくして、原価が1.5倍になったら、今までの倍の価格で売ればいい、という考え方です。

権利化だけの観点ではなく、こういう多角的な視点から、ビジネスと知的財産権(や、もっと幅広くソフトウェア)を考え、お客様にアドバイスやコンサルティングができるような弁理士になっていきたいですね。



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2013.02.01

大人の慎み

こんにちは。スマイラです。

今日、お昼ご飯を食べながらテレビを見ていたら、AKB48のメンバーの一人が頭を丸めてお詫びというニュース(?)をやっていました。

私はAKB48というグループをほとんど知らない(レコード大賞をとったことや、ウチの娘がよく見ていることは知っています(笑))のですが、率直に言って少々軽率な行動で、びっくりしました。

これも含めて、私には以前から大きな疑問がありました。

ニュース番組の中では「いじめ問題」や「体罰問題」をさも「大問題」のように伝えているテレビ局は、その一方で、別の時間帯では、「バラエティ」と称して、いじめや嫌がらせ、体罰あるいは暴力といったものを笑いの種にして番組を提供しています。

なぜ、テレビ局は「そういう番組もいじめの温床になっているのかもしれない」と言わないんでしょう?

まるで、右手では優しく頭を撫でて、左手では平手打ちをしているようです。

出演している人たちはプロの芸人なんだからいいんだ、という理屈もあると思います。

けれども、それを理屈として現実社会と切り分けて考えるのは、大人にとっては容易なことかもしれませんが、分別のつかない子供(大人も含む)たちにとってはどうなんでしょう?

「そういうことはしてもいいことなんだ」「されても仕方のないことなんだ」と思いはしないでしょうか?

今回のようなできごとが、たとえば体罰教師のような人たちに良いように利用されて「お前も反省してるんなら、AKBみたいに頭丸めて来い!」みたいなことにはならないんでしょうか?

テレビで評論家っぽい人がこのできごとについて「20歳過ぎの大人が自分の判断でしたことだからいいんだ云々・・」みたいな、間の抜けたコメントをしていましたが、思わず「それをいうなら逆だろ!?」と突っ込んでしまいました。

20歳過ぎの大人(という表現自体、鼻白むものではありますが)で、かつ、子どもたちの人気者で、影響力の強い人なら、その与える影響(良いものも悪いものも含めて)をまず考えて、短絡的な行動を慎むべきなんじゃないでしょうか?

「大人なんだから何をしてもいい」とか「大人なんだからすべての責任を取れる」というような考え方は、互いに影響を与え合い与え続けるこの複雑な世界では、あまりにも単純で楽観的に過ぎる、と私は思います。



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