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2013.01.31

スモールステップ

こんにちは。スマイラです。

この本を読みました。

世界一利益に直結する「ウラ」経営学世界一利益に直結する「ウラ」経営学
(2008/07/25)
日垣 隆、岡本 吏郎 他

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内容も面白く、対談形式の本だったので、ちょっとした待ち時間にあっという間に読み終えてしまいました。

どの部分も面白かったのですが「そうそう」と思わず膝を打ってしまったのは「マクロの話が好きな人は問題解決能力が低い人」というところでした。

岡本さんが
「基本的には自分がどうするかという話ができないで、全体を論じてもしょうがないと思うんです。」
と言い、それに対して日垣さんが
「問題の核心部分で解決能力がない会社員は、マクロが大好きですよね。携帯ビジネスが伸びているとか、対前年度比云々という話を延々とするけれど、最後に『じゃあ、僕はこうします』とは決して言わない。」
と応えています。

これは、サラリーマン時代に本当に痛感していました。

総論としてはいいことだから、そりゃ誰も反対できないけど、別にそれをあなたがやるわけじゃないんでしょ?っていう話です。

そういう人たちって、ドラッカーとかポーターとか戦略と戦術とか定性と定量とか見える化とか、そういう話は大好きなんですよねー(といって、原典を読んでるほど勉強熱心でもないんですが(笑))。

ま、そういうビジョンはいいとして、じゃあ、その理念や理想までの工程表をあんた作るの?というと「それは現場の仕事だ」みたいな話に逃げてしまう。

昨日書いた試験の話とかでもそうなんですが、何か目標を達成しようと思ったら、とりあえず「今日はこれをする、明日はあれをする」というように、スモールステップ化しないとダメですよね。

「試験に受かるためには勉強しないとダメだ!」ぐらいのことは、誰だって分かるし、反論できないわけですから。

どうして、普通の生活の中では「それを言っちゃおしまいでしょ?」と感じるようなことを、会社の会議とかでは平気で言ってしまうんでしょうねえ(笑)。

自分でスモールステップ化できないことは言わなきゃいいのに、何でこの人は言っちゃうんだろうな?ってことをしばしば感じさせられていました。



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2013.01.30

先に投資ができる人

こんにちは。スマイラです。

弁理士試験の勉強をしていたころ、話をしていて僭越ながら「あ、この人は永久に受からないな・・」と思う一群の人たちがいました。

まあ、そう思ってた本人も当時は合格していなかったわけですが・・(笑)。

それはどういう人かというと、ありふれた言葉でいえば「ケチな人」「必要なものに投資できない人」です(もちろん、これは必要条件であって、十分条件ではありませんが・・)。

弁理士試験に限らないでしょうが、ある程度の難易度の試験を、社会人が受けるとなると、いわゆる受験予備校に行って効率的に勉強をするのが一般的です。

そういった講座のお金をケチったり、ちょっとばかり安くなった一年遅れの過去問集を喜んで買っている、というような人は、合格していません。

常識的に考えて「安くなっている」ということは「みんなが欲しがらない」ということです。みんなが欲しがらないものを喜んで買っている時点で、社会人の経済感覚としていかがなものか?と私は思っていました。

日常生活の中では、どんなにケチでも節約家でもいいのですが、少なくとも受験生で、試験に合格するという目的があるのなら、目的に沿った投資ができないというのは、その時点でダメじゃないか?と思います。

そういう人たちが最終的にどういう道を辿るかというと、いろんな事情はあるにせよ、試験を諦め、離れていってしまいます。

ということは、それまで倹約して揃えた問題集や資料も、講座に費やしたお金も「無」(というと言いすぎですが、試験の合否だけを考えれば)に帰してしまい、必死の倹約は、実は最も高価な買い物だった、ということになってしまうわけです。

今回は試験をテーマに書きましたけど、これは、私たちの日常生活や、ビジネスでもまったく同じだと思っています。

まず、何をさておいても「自分が先に投資すること」「自分が先に他人を利すること」から始めないといけないと思います。

「自分は絶対に損したくはないけれども、利は得たいんだ!」という考えでは、ほとんどうまくいかないでしょう。

そして、そう考えている限り、人心は離れ、結果として大きな損失に繋がっていくのだと思います。

逆に「先に自分から他人に利益を与えよう」と考え、行動し始めた時点から、局面が好転していくのではないか、という気がしています。



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2013.01.29

お茶ってウチで入れられるの?

こんにちは。スマイラです。

昨日の朝日新聞の天声人語に、ちょっと俄かには信じがたいことが書いてあり、びっくりしました。

お茶を自分の家でいれることができるということを知らない人がいたり、急須が何であるかを知らない人がいる、という話です。

こんなことも書いてあります。

「福岡県立高校の家庭科教諭が生徒にアンケートしたら、冬に家で飲むお茶を『急須でいれる』と答えたのは2割しかなかった。授業では急須を直接火にかけようとする生徒もいたという」

今はどこに行ってもペットボトルのお茶が出てきますし、実際、飲む頻度も高いのだと思いますが、ちょっとびっくりです。

ウチでは、お茶はもちろんのこと、コーヒーも豆で買ってきて、淹れる前に挽くようにしていますし、ご飯も余裕さえあればご飯用の土鍋で炊くようにしています。

それは別に、文化を守るとかいうより、単純にそっちの方が美味しいというか、私の口に合うからです。

私が生まれてからの数十年を振り返っても、消えていったものはたくさんありますが、お茶がその標的になるとは思ってもいませんでした(笑)。

これは善し悪しの問題ではありませんし、下手なことを言えば「物言えば唇寒し・・」という感じになりそうではありますが、でも(そんなことは絶対にありませんが)たとえばもしウチの子たちが「え、お茶ってウチでいれられるの?」とか、「急須って何?」なんて言っている光景を想像したら、さすがに「ちょっと寂しいなあ・・」とは思ってしまいますねえ・・。

そんなのは感傷に過ぎないと、よーく分かってはいるのですが・・。



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2013.01.28

原子力のことがわかる本

こんにちは。スマイラです。

先日、次男と一緒に図書館に行ったときに、次男が何を思ったか、こんな本を借りてきました。

原子力のことがわかる本―原子爆弾から原子力発電まで (チャートBOOKS)原子力のことがわかる本―原子爆弾から原子力発電まで (チャートBOOKS)
(2003/07)
舘野 淳

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今日、読んでくれというので、読んでいたのですが、ものすごく難しくて、私も初めて知ることがたくさんありました。

そんな中「原子力発電の悪いところ」という項目の中に、興味深い記述を見つけましたので、引用します。

「このような(筆者注:チェルノブイリのような)事故が、もし福井県にある原子力発電所でおきると、関西と中部地方のほとんどが人の住めない土地になってしまうのです。日本は地震が多い国です。発電所で事故がおこらなくても、発電所のある場所で大きな地震があれば、建物がくずれたり、こわれたところから放射線が外にもれ出して、大きな事故になるという心配があります。」

奥付を見ると、この本の発行は平成15(2003)年7月1日となっています。

東日本大震災が起こる8年ほど前に、まるで予言しているかのようにこう書かれているのをみて、慄然たるものを感じました。

恐らく、今これを読まれた方も、同じように感じられたのではないでしょうか?

この本は、数学のチャート式の参考書で有名な「数研出版」から、舘野淳さんという方の監修で出版されています。

次男が児童向け書籍の本の中から借りてきたように、あくまで子供向けの本ではありますが、原子力発電所のリスクを「悪いところ」という表現で、的確に指摘しています。

もちろん、この本には「原子力発電のよいところ」も書かれています。

原発再稼動に賛成するにせよ、反対するにせよ、単に感情に流されるだけではなく(感情が大切ではない、と言っているのではありません。むしろ、そういう精神面や感情面が一番大事だと思っていますが、しかしそれだけではなくて)、冷静に実情を知ることが必要なのかなあ、と思います。



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2013.01.27

メイドインジャパン

こんにちは。スマイラです。

昨日の夜、NHKでやっていた「メイド・イン・ジャパン」というドラマを見ました。

今の日本で、多くの企業が直面しているであろう問題が取り上げられていて、面白いですね。

俳優陣も豪華です。

舞台はタクミ電機という企業なのですが、その会社が倒産の危機に見舞われます。

その一因となったのが、ヤマト自動車の電気自動車に搭載するはずだった、タクミ電機が開発したリチウムイオン電池が、それとまったく同じものを作っている中国企業のものに乗り換えられてしまった、というストーリーになっています。

中国企業が同じものを作っている、という話になったところで「お、特許の出番か!?」と思っていたら、特許の「と」の字も出ず、ちょっと拍子抜けしてしまいました(笑)。

とはいえ、ここで特許という話になると、ドラマのテーマがたぶん全然違うところ(法廷とか)に行ってしまうと思うので、この路線でもっといろいろな問題を俎上に上げるということなんだろうと思います。

リストラされた日本人技術者が、中国企業に移り、その電池を開発するという、何とも今日的なテーマも出てきます。

連続3回のドラマだそうですから、相当密度の濃い、且つ、早い展開になると思いますが、次回が楽しみですね。



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2013.01.26

団塊の世代

こんにちは。スマイラです。

一昨日参加したセミナーは、いわゆるセミナーというよりも講演会でした。

商工会議所の「新春講演会」という位置づけで、「2013年 日本経済の行方!」という非常にスケールの大きなテーマの講演会でした。

アベノミクスの話や、今話題のインフレターゲット、米国、中国、欧州の経済状況など、いろいろと興味深い話を聞かせてもらいました。

面白かったのは、団塊の世代の話ですね。

団塊の世代というのは、1947年から1949年に生まれた世代のことだそうですが、この世代が65歳になって定年になり、今までとは違ったものが売れてきている、というお話でした。

ひとつは、伝統的な喫茶店が甦ってきている、という話です。

スタバやタリーズやドトールのような、いわゆる「カフェ」という感じのところではなくて、今回話しがあったのは柔らかい椅子で有名な(と勝手に言っているだけですが(笑))「ルノアール」でした。

私も営業時代は、先輩とよくルノアールに行っていました(笑)。

このルノアールに、キーコーヒーが出資して、団塊の世代をターゲットにして、郊外にたくさん出店するのだそうです。

また、最近私の住んでいる地域でもしばしば見るようになった「コメダ珈琲店」は、アジア系のファンドに買収され、数多く出店されているのだそうです。

それと、ラジカセやエレキギターやアナログレコードなどが売れているというお話もされていました。

いわゆるコンシューマー系の商品やサービスを考えるに際しては、この世代の需要をきちんとキャッチした会社が一歩抜きん出るのかも知れません。



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2013.01.25

出でよ!才能!

こんにちは。スマイラです。

昨日、一昨日と、連続で所属している商工会議所のセミナーに参加しました。

去年は雑多なことが多くて、知的財産権がテーマではないセミナーにはあまり積極的に参加していませんでした。

けれども、今年からは、機会を見て、商工会議所に限らず、近隣で行われているセミナーにはできるだけ参加して、特に地域のお知り合いを増やしていきたいと思っています。

一昨日のセミナーは、SNSの活用に関するセミナーでした。

旬のテーマですよね。

私もSNSを使っているといえば使っているのですが、せいぜい「使っているや否や?と問われれば使っています(笑)」というレベルです。

それをもっと活用しようというよりもむしろ、自分の余力でどんなことができるのかな、という興味で聞きにいきました。

内容は多岐に渡り、私にとってはとてもためになったのですが、その中で(SNSとはまったく関係のない話ですが)初めて聞いて、面白いなあ、と思った話がありました。

もう知っている人はよーく知っているのでしょうが、アマゾンのキンドルで、個人で電子出版ができるのだそうですね。

そして、数十円とか数百円とかいう値段で、アマゾンで販売することができるのだそうです。

私なんかは、ブログが流行り始めたときも「世の中にはこんなに隠れた豊かな才能の持ち主がたくさんいるのか!」と驚いたものですが、キンドルの電子出版で、また新たな才能が世に出て、そういう才能と出会う機会が増えるのだと思うと、嬉しくなります!

こういう時代になると、やる気のある人(というか、とりあえずやってみちゃう人)とそうでない人との差は、否応なく開いてしまうのかなあ、という気がしています。

それと、もう、「おれ(わたし)にはこんなに才能があるのに、誰も見出してくれない!」なんて泣き言も、簡単には言えない時代になるのかもしれませんね。

それはそれで厳しい時代なのかなあ・・?と思ったりもします(笑)。



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2013.01.24

インフルエンザ

こんにちは。スマイラです。

数日間ちょっと重いテーマで書きましたので、今日は身内の他愛もない話を書こうと思います。

先週末から今週の初めにかけて、長男と長女が、連続してインフルエンザに罹りました。

同時期に、次男も熱を出したり、急に寝入ってしまったりしたので、ちょっと心配したのですが、これは単なる疲れだったようで、翌日にはけろっとしていました。

きょうだい間の「シンクロニシティ」みたいなもんですかね(笑)。

いまや「インフルエンザにはタミフル」というのが定番になっていますが、うちのインフルエンザ・コンビは、二人ともティーンエイジャー、つまり十代なので、病院に行ってもタミフルではなく、リレンザが出されたみたいです。

一時期、タミフルを服用した十代の子が、異常行動をとったという事件がありましたよね。

それ以後、十代の子にはタミフルを処方しないみたいです。

数年前に長男がインフルエンザに罹ったときにリレンザが出されて「ああ、もう長男もそんな歳になったか・・」と思ったことがありました。

今回も「娘ももうそんな年頃か」と感じ入りました。

リレンザを出されて感慨にふける父親というのも、どういうものかと思わないでもありませんが・・(笑)。

二人ともずいぶん高熱が出ましたが、今は回復してすっかり元気になっています。

娘は、ギリギリまで「ああなったらどうしよう、こうなったらどうしよう・・」と悩んでいましたが、小学校最後の遠出の「社会科見学」にも何とか行けたようです。

みなさまもインフルエンザ、くれぐれもお気をつけ下さい!



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Posted at 22:53 | 日常 | COM(0) | TB(0) |
2013.01.23

擁護派への疑問 その3

こんにちは。スマイラです。

今日は、昨日、一昨日に引き続いて、擁護派へのみっつ目の疑問です。

これが最大の問題ではないかと私は思っているのですが「擁護派の方々は、体罰も含めて暴力というものに対して無神経、あるいは必要以上に寛容になっていないか?」ということです。

さらにいえば「現在、自身が他人に『必要なことだ』という言い訳の下に、体罰や暴力や暴言を加えていないか?」ということも問い質してほしいと思っています。

これは、当の顧問にも当てはまると思いますが、暴力というのは劇薬のような一面がありますから(それゆえ、それに頼ってしまう顧問のような人が出てくるわけですが)、その感覚が麻痺しやすいものではないかと思っています。

恐らく、当の顧問も、教職に就き、初めて生徒を叩いたときには、何かしらの違和感なり、掌にジーンと残る後味の悪さなり、後ろめたさなりを感じたのではないかと思います。

また、擁護派のOBも、高校に入って、部活で初めて先輩が叩かれるのを見たときや、日常生活では聞かないような暴言を聞いたときは、びっくりしたでしょうし、何かしらの後味の悪さを感じたのではないか、と推測します。

けれども、その風景や音声が繰り返されて、日常のものになるにつれ、感覚が麻痺し、体罰や暴力に寛容になってしまったのではないでしょうか?

する側にもされる側にも、暴力は感覚を麻痺させる=暴力に寛容にさせる性質があると思います。

よく「虐待は連鎖する」と言われます。

この意見には、賛否両論あるようですが、暴力に囲まれて育った人が、他の手段を採る前に暴力という手段を採ってしまいやすいのは、そういったことを嫌悪する感覚が麻痺しているからではないかと思います。

その論理でいけば、体罰もやはり連鎖する可能性が非常に高いわけで、これまで書いてきた「擁護派」の方々が次の加害者にならないためには、顧問の人格や好き嫌いはさておいても「その行為は絶対に許されないこと」との認識は不可欠です。

この顧問を擁護するのも、自分の意見を持つのも言うのもまったくの自由です。

けれども、擁護派の方々に、できることなら自分の身に当てはめて、じっくり考えてもらいたいことがあります。

あなたも(もちろん私も)、亡くなられた子も、この顧問も、顧問の子供(たち?)も、すべての一人の人間には二人の親がいて、四人の祖父母がいて、人によっては兄弟姉妹がいて、親戚がいて、知り合った人が何百人、何千人といます。

今回のような突然の死は、この人たちすべてを、一瞬のうちに悲しみの暗闇と、後悔の谷底に突き落とします。

それが「命の重さ」だと思います。

特に、ご両親の悲しみは計り知れません。

私がその立場であったとしても、自分の死ぬその瞬間まで「あの時、ああ言っていれば・・」「この時にこうしていれば・・」と、還らぬ子を思い、尽きぬ後悔を幾たびも繰り返すと思います。

その悲しみと後悔を前にして成り立ちうる「加害者の擁護」とはどのような姿をしたものか?

じっくり考える必要があると思います。

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2013.01.22

擁護派への疑問 その2

こんにちは。スマイラです。

今日は「擁護派」の方々へのふたつ目の疑問を書きます。

その疑問とは「自分の経験を合理化していないか?」ということです。

人間が自分の過去の経験(特に辛い経験や嫌な経験)を合理化する力はものすごく強いと私は思っています。

たまたま、今日の朝日新聞の声欄にもこんな投書が載っていました。

「虐待を受けた子どもは『僕に悪いところがあるからお母さんはたたいたんだ。僕のためなんだ』と虐待した親をかばいます。暴力は、暴力を受けた人の心をマインドコントロールしてしまいます。」

私も含めて多くの人は、自分の経験を意味がなかったことだとか必要のなかったことだとは、なかなか思うことができないものです。

それはそれで、人間が生き抜いていくために身につけたひとつの本能というか、習性というべきものなのだろうと思います。

問題になっている顧問に体罰を受けた生徒やOBは、そのことを「仕方のないことだった」「自分のために必要なことだった」「あれがあったから今の自分がある」などと、自責化、合理化していないでしょうか?

けれども、この考えはとても危険だと私は思っています。

この論理を適用していけば、虐待も、いじめも、ハラスメントも(もっと大きな例を出すなら戦争も原爆も)、すべてが合理化されてしまいます。

その後に残るのは「力がすべてを支配する世界」です。

「虐待を受けた子が聞き分けがなかった」「いじめを受けた子が空気を読めなかった」「パワハラを受けた社員は上司のいうことを聞かなかった」と言ってしまっては、加害者はすべて免責されてしまいます。

それは「自分には被害が及ばないというあやふやな前提から生じる奇妙な物分りのよさ」とでもいうべき思想だと思います。

私はこの思想は本当に怖いというか、現代の最大の病だと思っています。

体罰も虐待もいじめもパワハラも、した側を「加害者」、された側を「被害者」とするなら、絶対的な権限を持った強者が加害者である場合(親、教師、顧問、監督、コーチ、上司などはすべてこれでしょう)、被害者側が加害者側の論理に巻き込まれてしまってはいけません。

幸運にも、いまだ被害を受けていない立場にいる我々が味方をすべきは、常に弱者側、声を上げられない側でなければならない、と思っています。

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2013.01.21

擁護派への疑問 その1

こんにちは。スマイラです。

体罰問題のあった大阪市の高校の体育系の入試が中止になったというニュースがありました。

一方で、こんな報道もあります。

この顧問を擁護する生徒やOBもいるということですから、少なくとも誰にとっても酷い顧問だったということではないのでしょう。

それどころか、これだけの長きに渡り、顧問を続けてきたのですから、むしろ賛同者が多かったと思うべきなのかもしれません。

ただ、私にはこの「擁護派」の方たちに聞いてみたい疑問が大きく3つ残ります。

それらの疑問を、今日、明日、明後日の3日で書いてみたいと思います。

ひとつ目の疑問は、この顧問をいい先生として記憶にとどめておくために体罰や暴力は必要不可欠なことだったのか、ということです。

彼らは殴られたり平手打ちされたからいい先生だったといっているのでしょうか?

記事によれば、そうではなくて、面倒見が良かったり、指導してくれることが良かったから、いい先生だといっているのではないでしょうか?

だとすれば、体罰や暴力をしなければ、もっといい先生と思えたかもしれません。

もし、体罰や暴力があったからこそ、今振り返っていい先生だと思える、というのならば、そこでは何らかの精神的な不全を起こしていたとしかいいようがないのではないでしょうか?

仮に千歩譲って、体罰が愛情であり、気合を入れるのに必要だったのだとしましょう。

だとしても、何度も打つ必要はないのではないでしょうか?

亡くなった子の言うに「30発から40発」、顧問の言うにも「8発から10発」も、口の中が切れるほどに激しく叩く必要があったのでしょうか?

気合を入れるのなら、一発で十分じゃないですか?

人の考えはいろいろですから、この顧問を擁護することを俄かに否定するわけではありません。

しかしその前に、顧問もOBも経験した人生の時期を、この17歳で亡くなった子は、永遠に経験できなくなってしまったのだ、ということに、もっと深く思いを致すべきではないか、と率直に思います。

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2013.01.20

休眠口座の活用法

こんにちは。スマイラです。

今日の朝日新聞日曜版の「GLOBE」に面白い記事が出ていました。

銀行の休眠口座にあるお金を元手に、低所得者層の支援に使うというアイデアです。

休眠口座というのは、誰でもひとつやふたつ持っていそうな、お金の出し入れがなくなって10年以上経っていて、預金者と連絡がつかなくなった口座です。

私も学生時代に何かの必要に迫られて、駅の近くにある銀行の口座を作った記憶がありますが、多分それはもう完全な休眠口座になっているはずです。

もう通帳もカードもどこにあるのか分かりません。もっとも、入っている金額も数百円といったところだと思いますが(笑)。

けれども、こんな金額でも、塵も積もれば山となるで、年800億円もあるのだそうです。

こういったお金はどう扱われるのかというと、私もこの記事を読んで初めて知ったのですが、銀行の収入(=利益)として計上されるのだそうです。

それなら、ぜひ、たとえば災害や病気などの事情で、経済的困難に陥った家庭の子どもたちの(というより、余力さえあればすべての子どもたちの)教育資金などに充ててほしいと思います。

すでにこのような報道でもしきりに言われているように、日本の教育への投資は恐ろしく低いと言われています。

私は、過去何年にもわたる日本のこのような教育への著しく低い投資が、実はこんにちの不景気の最大の原因で、且つ、未来の最大のリスク要因だと思っているものの一人ですが、こういった休眠口座の活用法が、長い目で見れば、目先の景気対策なんかよりもよほど大きな「経済活性化」に繋がるのではないか、と期待します。

記事によれば、英国や韓国では、すでにそのような休眠口座の活用がされているそうですから、日本で実施するのに特別な困難があるようにも思えません。

いいことは早く実行してほしい、と思い、紹介してみました。

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2013.01.19

門外漢の読書

こんにちは。スマイラです。

この本を読みました。

100円のコーラを1000円で売る方法100円のコーラを1000円で売る方法
(2011/11/29)
永井 孝尚

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電車の車内ポスターでタイトルを見たことがあり、読もうと思って図書館に予約を入れていたのですが、ようやく順番が回ってきたのでした(笑)。

内容としては、以前この記事に書いた、佐藤義典さんの「ドリルを売るには穴を売れ」と同じようなニュアンスの本です。

つまり、マーケティングを、ストーリー仕立てにして、読みやすくかつ分かりやすく書いたものです。

一時期、大ヒットした「もしドラ」もこんな感じでしたよね。

アマゾンのレビューを見てみると、賛否両論というか毀誉褒貶というか、評価が真っ二つに分かれているような印象を持ちます。

私は、「ドリル」はもちろんのこと、「もしドラ」もこの本も読みましたが、どれも読んで良かった、と思いました。

私にとっては「マーケティング」はまったくの専門外ですし、いきなり難しい本格的な本を読んでも、容易に理解できないことは、想像に難くありません。

ですから、私のような門外漢にとって、こういう読みやすい本は、マーケティングのおおよその姿をつかむのに大変勉強になるものです。

その一方で、セミナーやお客様との打ち合わせなどで、自分が専門的な内容について話す立場になったときに、どのような伝え方が効果的かということを学ぶ上でも、大変参考になります。

どんなものでも、自分の立場から学ぶところは必ずある、というのが、私が本を読むときの基本的なスタンスです。

もし興味を持たれたら、ぜひ読んでみて下さい。

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2013.01.18

打ち合わせ

こんにちは。スマイラです。

今日は、以前勤務していた事務所でご一緒させていただいた先輩弁理士の先生と仕事の打ち合わせをし、その後、開業のお祝いとのことで、お鮨屋さんでご馳走していただき、今、帰ってきました。

いろいろお話させていただくと、先生とは考えの近いところも多く(特に弁理士業界について)、これからもいわゆる「ウィン・ウィンの関係」で仕事をさせていただければ、大変ありがたいと思います。

ちょっと今日は帰宅が遅かったため、短いですけど、これで終わりにします。

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2013.01.17

完璧主義の病

こんにちは。スマイラです。

以前の勤め先で、若い人たちと忌憚のない話をしていて感じたことがあります。

それは、今の若い人たちは「完全主義」を通り越して「完璧主義」とでもいうべき状態になってしまっているのではないか、ということでした。

完璧を求めすぎるがゆえに、何かに挑戦する前から諦めてしまう。
つまり、挑戦したとしても、どうせ完璧にはできないから最初からやらないでおく、という人が多いような気がしました。

そこには「プロセスの欠如」「中間帯の欠如」とでもいうべき短絡性があるような気がしていました。

言うまでもないことですが、神ならぬ人間の身で「完璧」なんてありえません。
逆に、まったく存在価値のない「0点の人」というのもいません。
であるなら、すべての人はその間のどこかに属しているだけであって、且つ、その属性は評価者により、また、評価時期により大きく異なる、としかいえないと思います。

もし「究極の完璧」を現代に求めようとすれば、それはたとえば「全科目80点」というような「無難」なところに落ち着くのではないか、と思います。

ただ、そうは言っても、若い人たちに同情すべき点はたくさんあります。

私のころとは違って、今の若い人たちは、学校教育を通じて「良い子であること」=「(たとえ特別な長所がなくても)致命的な短所がないこと」=「無難」を強いられた上に、就職の際には何百社(!)もの採用試験を受けて、それに落とされることによって自分の人格やそれまでの人生まで否定される(=その場における0点)、というような経験をしてきているからです。

人間、何度も否定されれば、挑戦する意欲もなくなるのは仕方のないことです。

それについては十分同情はするのですが、とは言っても、そんな価値観を引きずってしまうのは、結果として自分が損です。

「挑戦してみたら案外うまくいった」とか「やってみたら想像してたより全然簡単だった」ということは、私の経験から言っても結構あるものです。

やってみてうまくいかないのは失敗ではなくて、たまたまそれが自分にあっていなかったか、機が熟していなかったかのどちらかです。

というぐらいの考えで、何でもやってみた方が、長い目で見たらいいことの方が多いと私は思っています。

かく言う私は「失敗するのが当たり前!初めてなんだから!」ぐらいの気持ちで何でも気楽に始めてしまうので、この歳になっても、多くの人たちからしばしばたしなめられています(笑)。

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2013.01.16

取り戻すより・・

こんにちは。スマイラです。

今日は、電話で数件のお問い合わせをいただきました。
ありがたいことです。

どのご質問も、そんなに難しい内容ではなかったことと、私にとってはこれまで何件となく担当してきたような内容でしたので、自信を持って応えられる内容で、ホッとしました(笑)。

それとはまったく関係のない話なのですが、昨日次男と一緒に食事をしているときだったと思いますが、小学2年生の次男が急に
「日本を取り戻すんじゃなくて、新しい日本を作ってくれよ」と言い出しました(笑)。

「何でそんなに難しいことを知ってるんだ?」と聞くと、「(友達の)○○○が言ってた」とのこと。

「何で○○○はそんなに難しいことを知ってるんだ?」と聞いたら、「○○○のお父さんが言ってたんだって」と聞き、ようやく合点がいきました。

「いいことを言うね。お父さんもまったくその通りだと思うよ。」と言って、話は終わったのですが、子供というのは、自分の意味の分からない言葉を急に平気で口にするから面白いという面もありますが、恐ろしいな、とも思いました。

もしかしたら、私が何の気なしにしゃべったことも、次男が学校や友達にしゃべっているのかもしれません。

そういう話や口癖のようなものが、いつとはなしに、子どもたちの価値観を作っていくのかもしれません。

「取り戻す」という言葉には「過去は良かった」という価値観がれっきとしてあり、その反射として「今は悪い」という認識がれっきとしてあります。

もはや小学2年生の心を「取り戻せない」私には、想像するしかないのですが、「日本を取り戻そう」と何度も聞かされた、取り戻すべきものを持たず、知らない子どもたちは、どんな風に感じ、思うのでしょうか?

「何だか分からないけど今の日本はダメなんだな」というのが「おれたちってダメな世代なんだな」「ダメな時代に生まれちゃったんだな」という価値観に、無意識のうちに進まなければいいのだけど・・、と思わずにはいられません。

たしかに、次男でなくても「取り戻すことより、新しいものを作る方に力を注いでくれよ・・」と言いたくなりますね(笑)。

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2013.01.15

雪の道

こんにちは。スマイラです。

昨日はほとんど外出しなかったので、雪の状況がどんなものかまったく分かりませんでした。

今日は、朝から打合せがあったため、外に出てみると、ウチのあたりでは10センチ以上の積雪になっていました。

打合せにはバスに乗って、雪の道を目的地まで行ったのですが、参りました・・。

8:40に来るはずのバスが来たのが9:05を過ぎてから。

打合せは10時からの予定でしたが、通常なら40分ぐらいの道のりなので、余裕はないものの、何とかギリギリ間に合うだろう、という見込みも外れ、着いたのは10:05を回っていました。

こんな天気だったので、車道に出て雪かきをしている人たちも多く、バスは幅の狭い道を進みますので、最徐行という感じでした。

交差点を曲がるたびに、タイヤに巻いたチェーンが氷になりかけた雪を踏む「じゃりじゃり」という音と振動が伝わってきます。

途中何度も「こんなことなら電車にしておくんだった・・」と思いましたが、後の祭りです。

幸い(というのも変ですが)、他の方もこんな交通状況だったので、少々遅れており、事なきを得ましたが、ちょっとした判断ミスで、事によっては多くの人に迷惑を掛けかねない、という教訓を得ました。

打合せは首尾よく終わり、なかなか楽しみな状況になってきました。

「こういうことをしたくて弁理士になったんだよなー」という感じの話で、私にとっては今後が楽しみですし、自分のできる範囲の助力を精一杯していこう、と思って帰ってきたのでした。

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2013.01.14

大雪の日に

こんにちは。スマイラです。

今日の東京は大雪でした。

雪国住まいの人たちに言わせれば、こんなの大雪でも何でもないんでしょうけど、東京圏の人にとっては、年に数回のことなので、難儀です。

喜んでいるのは、子供ばかりなり、という感じですね。

私は、雪の少ない静岡県の中でも、抜きん出て雪の降らない清水市に長く住んでいましたので、積雪を見ただけで、もう心が折れてしまいます・・(笑)。

私が2歳ぐらいのときの写真で、雪が数センチ積もった写真があるのですが、そこには母の字で「清水で13年ぶりに雪が積もった」と書かれていました。
それぐらい雪は降りませんし、まして、積もるのは珍しいことでした(今もそうだと思います)。

多くの清水の人たちにとって、雪は遠く富士山に積もったのを見るものなのです(笑)。

そんなわけで、今日は子どもたちの約束も反故になりましたので、昨日次男と図書館で借りてきた本に載っていた「吹き矢作り」をしました。

これも作ってみれば他愛もないもので、画用紙を丸めて、ボンドで貼り合わせて筒を作り、和紙なり包装紙なりで補強と装飾をします。

吹き口と矢の出る口が紙のままだとすぐに破れてしまうので、ビニールテープで補強します。

矢は、色紙を円錐状にして、セロテープで留めて作ります。

試しに、吹いてみると、次男の肺活量でも結構な勢いで飛んで行き、面白がっていました。

次男は「昨日作ったバードコールで鳥を呼び寄せて、今日作った吹き矢で鳥を撃とう!」と、威勢のいいことを言っていましたが、次男に撃たれるような間抜けな鳥なら、とっくに他の強敵にやられているはずなので、それは難しいでしょうねえ(笑)。

でも、頭で考えたことが、実際にやってみると、どれほどうまくいかないものなのか、ということを、今のうちにたくさん経験しておいた方がいいので、時間があるときに次男と一緒に多摩川にでも行ってみようかと思っています。

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Posted at 22:33 | 日常 | COM(0) | TB(0) |
2013.01.13

バードコール

こんにちは。スマイラです。

今日は、次男にせがまれて、バードコールなるものを作ってみました。

次男は、クリスマスプレゼントに双眼鏡をあげてから、鳥に興味を持ちはじめたようです。

バードコールというのは、私もよく知らなかったのですが、木片とネジをこすり合わせて、小鳥の声のような音を出す道具です。

作り方はまったく簡単で、木片にドリルで穴を開け、そこにネジを差し込むだけです。

適当なネジがなかったので、近くのホームセンターに次男と一緒に買い物に行きました。

家にあった木の棒を7センチぐらいの長さにのこぎりで切り、中心に5ミリ見当の穴を電動ドリルで開けて、買ってきた直径6ミリのネジを強引にねじ込みました。

ネジを左右に回すと、木と金属(ネジ)の摩擦で、音の意図を知らない人にとっては単なるノイズに過ぎないような気もしますが(笑)、まあたしかに聞きようによっては小鳥の声のような音が出ます。

ちなみに、作ったあとに、次男が調子に乗って長女の耳元で鳴らしていたら、長女が激怒していましたので(笑)、どうでもいい人にとっては、やっぱりノイズなんだと思います。

ま、たしかめるまでもなく、分かっていたのですけどね・・。

コツは、ドリルの穴の大きさよりもちょっと太目のネジを使うことみたいです。

次男の話では、これで小鳥を呼べるそうなのですが、それはやってみてのお楽しみですねー(笑)。

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Posted at 23:32 | 日常 | COM(0) | TB(0) |
2013.01.12

サイクリンク

こんにちは。スマイラです。

タイトルは「サイクリング」ではなくて「サイクリンク」です(笑)。

「サイクリンク」は、自転車部品の世界最大メーカーである「シマノ」が出しているサイクルコンピュータの名前です。

もちろん(なんていってはおかしいのですが)、商標登録もされています(アルファベットで、ですが)。

以前から使っていた自転車の速度計が表示されなくなってしまったので、昨年末に「サイクリンク」を買いました。

以前の速度計は、速度と距離ぐらいしか測れないものだったのですが、サイクリンクでは心拍数を測ることができます。

というか、心拍数を測ることができるのと、それをパソコンと簡単に接続し、データ管理ができるところがウリになっています。

走行中の画面では、心拍数が最も大きく表示され、その下に速度などを表示するようになっています。

パソコンにデータを取り込むと、心拍数と速度がグラフで一緒に表示されるので、自分の運動強度を分かりやすく見ることができます。

心拍数を意識して、自転車に乗るようになったのは、サイクリンクを買ってからですが、心拍数というのもうまくできてるなあ、と感心しています。

サイクリンクでは、最高心拍数の50%以上のときの走行時間を「サイクリンクタイム」という表現で測定し、それがパソコンに表示されます。

自分ひとりで、そこそこの速度で走っているときは、ほとんどが「サイクリンクタイム」になるのですが、妻や次男と一緒に走ると、心拍数は一向上がらず「サイクリンクタイム」がほとんどゼロに近くなります(笑)。

自転車のいいところは、そこそこの心拍数=運動強度であっても、そんなに苦しく感じないところです。

そして、運動強度(=心拍数)を上げることも下げることも簡単にできます。

妻の自転車にも、速度計を付けたのですが(妻のには心拍数を測る機能は付いていないものですが)、自転車には速度計がついてないと、やっぱり面白くないですよね。

「こんなに楽に漕いでるのに20キロも出てる!」というのが、単純な自転車の面白みだったりするところもありますから。

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2013.01.11

二つのサービス

こんにちは。スマイラです。

先日、近くのホームセンターに、メタルラックを買いに、妻と行きました。

だいたいの目星は付けて行ったのですが、サイズや構成部品などで少々分からない点があり、店員に聞きました。

最初に聞いた店員は、若い男性の方でした。

お忙しいのか、その商品にはあまり詳しくないのか、何となく素気なくて「そうです、そうです」という感じで、もうひとつ的を得ない感じでした。そのうち、場をすっと離れていってしまいました。

しばし、ラックの部材の前で物色していると、別の店員が声を掛けてきました。ちょっと歳のいった(とはいっても私や妻よりは若いと思います)女性の店員でした。

その女性の店員は、別々のパーツで買うともったいないので、セットになった方を買った方がリーズナブルであることや、メーカー推奨ではないけれども、こういう使い方もできる、というアドバイスをしてくれました。

私たちは、その店員さんにいろいろ聞いて、結局それを買ってきました。
この店員さんのおかげで、3000円ぐらい安く、同品質のものを買うことができました。
妻は店員さんに抱きつかんばかりに喜んでいました(笑)。

帰宅後、この経験から「サービス」というものについて、ちょっと考えてみました。

対応や親しみやすさをまったく別にしても、女性店員さんは2つの点で男性店員さんに勝っていたと言わざるを得ません。

ひとつは、オプションを提示してくれた点、もうひとつは、お客(つまり我々)のニーズと利益を第一に考えてくれた点です。

同じお店なのだから、売っている物は同じなのに、サービス(だけ)で、これだけの差がつき、できれば今度もこっちの店員さんから買いたい、と思わせるのは、こういうところの違いなのだろうと思います。

弁理士業についていえば、実は、どの弁理士に頼んでも、同じアウトプットが出てくる仕事ではありません。
というより、弁理士が変われば、絶対にアウトプットも変わる、と断言していいと思います。
そういう意味では、極めて属人的な仕事です。

ですから、この点では先ほどのホームセンターとは事情は異なります。

そうではあっても、サービスをお客様に提供する仕事である以上、先に上げた二つの点、すなわち「オプションを適切に提示すること」と「顧客のニーズと利益を常に考えること」は絶対に忘れてはいけないな、と強く感じたものでした。

余談ですが、この店では購入した荷物を運ぶために、軽トラを貸し出しています。
私はその日、たまたま免許証を持っていなかったので、十数年ぶりに妻の運転する車に乗りました。
なぜ免許証を持ってこなかったのか・・、とこの日ほど悔やんだことはありません(笑)。

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2013.01.10

ならぬことはならぬもの

こんにちは。スマイラです。

大阪の体罰事件は、いろいろな証言が出てきていますね。

それにちょっとだけ関連して、思い出した話があります。

年明けに、池上彰さんが解説をしていたテレビ番組で、日本に住んでいる中国の方とお話をするコーナーがありました。

そこで、中国の方がおっしゃっていたのは「日本の会社は上下関係が強すぎる」ということでした。

私も、ずいぶん前から、会社の命令系統が、なぜ社外でも普通になっているのだろう、というのは疑問に思っていました。

上司や部下というのは、単に業務の責任の所在を明らかにするものであって、師匠と弟子の関係とは全然違うのに、あたかも、師弟関係のように思っている人が多いのに、辟易としていました。

中国の方が指摘するように、私たちは、少々上下関係というものに鈍感になりすぎているのかもしれません。

福沢諭吉の有名な言葉を出すまでもなく、別に、上司と部下や、教師と生徒、顧問と部員だからといって、一個の人間としてはまったく対等なはずです。

まして、今回の事件のように、体罰を甘んじて受けなければいけない関係なんて、この世にあること自体がおかしい、と考えなければいけないと思います。

私が危惧しているのは、今回の事件について、相当多くの日本人(主に、私と同世代から上ぐらいのオジサンたち)が「最近の若い奴は、平手ぐらいで自殺なんてひ弱すぎる」とか「オレの頃は・・」と言っているのではないか、ということです。

それではダメだと私は思います。

いじめ、ハラスメント、体罰、虐待、DV、こういった理不尽に人を虐げるものは、誰が何と言おうと「絶対悪」なんだ、世界のどんなところでも、どんな時代でも、してはいけないことなんだ、誰もそんなことをする権利はないんだ、ということを、確信を持って、大人が子供たちに、教え、伝えることではないでしょうか?

今日もウチでは、夕食のときにこんな話を子供たちとしていました。

子供たちは、今まさに教育を受けている世代ですし、感受性も豊かですから、きっと私や妻の言ったことを、心のどこかで受け止めて、沁みこませてくれていると信じています。

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2013.01.09

体罰問題

こんにちは。スマイラです。

今日は、どのニュース番組でも、この事件を取り上げていました。
自殺前日「しっかりせえ」平手打ち数発、副顧問ら黙認 桜宮高2自殺

亡くなられた子は、ウチの長男とたった1歳しか違わない子です。
亡くなられたご本人はもちろんのことですが、親御さんのこれまでの思いと、今の無念を思うと、胸が絞めつけられる思いです。
私には、今、親御さんが何をしているかまで、目に浮かぶようで、それを思うと、痛ましいという言葉しか浮かびません。

心よりご冥福をお祈りします。

これは、子供を持つ親に限らず、いろいろな意味で、考えさせられることの多い事件だと思います。

以前から、教育現場では「いじめ」が大問題になっています。

本来ならば、それを抑止し、指導しなければいけない立場であるべき教師が、こんな風にいじめ加害者と同じようなことを暢気にしているような現状では、暗澹たる気持ちにならざるを得ません。

私は、あまりいい生徒ではなかった(少なくとも名門バスケットボール部主将のこの子に比べたら相当悪い子)ので、教師に、手や棒で殴られたり、蹴られたり、空き教室の木の床で何時間も正座をさせられたことが何度もあります。

この顧問の先生は、私と同世代ですから、世代的にそういう経験をしていることでしょう。

私にとっては、恨みを持つほどではないにしても、ちっともいい思い出ではなかった体罰を、この先生は、何かの勘違いで「良い指導方法」と思ってしまったんでしょうね。

この顧問を擁護している卒業生などもいるようですから、評価は軽々にできませんが、そうは言っても、弱冠17歳の子がそれを苦にして亡くなられているという事実はあまりに重いと言わざるを得ません。

この顧問が、私の雑文を目にする機会は絶対にないと思いますけど、もしあるのなら、親の一人としてひとつだけ聞いてみたいことがあります。

何年にもわたる、数限りない「鉄拳指導」の時に「自分にはこいつらを殴る資格がある」という優越感や、生徒を侮る気持ちはなかったのか?
ということです。

もし、無かったと言えるのなら、なぜ、衆人環視の中で、亡くなられた子を口が切れるまで平手で打ったり、他の何人もの部員にも体罰を加ることができたのでしょう?

いじめも、体罰も、諸々のハラスメントも、根底には、こんな「自分には○○○する資格がある」と勘違いするところから始まっているように思います。

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2013.01.08

お金の回り道

こんにちは。スマイラです。

このブログでも何回か「景気回復」について書いていますが、「景気回復」と「雇用」が一緒に考えられていることが多いのだなあ、と感じています。

選挙のときに、関心のある政策や課題を聞くマスコミのアンケートなどでも、項目として「景気回復・雇用」のように聞いていることが多いようです。

私にも子供がいますので、子供たちが社会人になる頃には、雇用状況が今より良くなってほしいという気持ちは人一倍持っているつもりです。

しかし、景気回復によって雇用状況、特に若年者の雇用状況が良くなるか、という点については、あまり楽観視していません。

それどころか、場合によっては、今より悪くなるということも考えなければいけないのではないか、と思っています。

景気が良くなり、企業業績が回復した時、そのお金はどこに向かうのでしょう?

若年者層の採用に向かい、社員教育に向かう、ということも考えられます。

特に、国際競争を勝ち抜かなければいけないような大企業は、その可能性が高いでしょう。けれども、そんな会社は、日本全体のごく一部です。

まず向かうのは内部留保だと思います。

そして、その次に向かうのが、私が思うに、年長者の雇用維持です。

業績が回復しなかったなら、退職を促されていたかもしれない年長社員を雇用し続けることに、お金が使われるような気がしています。

多くの方が一度は目にしているであろう「毎日仕事らしい仕事もせずに、一日何をしているのかさっぱり分からないけれども、自分の何倍もの給料を平然と受け取っている、勤続年数だけは長い社員(たち)」の雇用維持のためにお金が使われるのではないか、と思っています。

考え方によっては「高給を取っていた年長者を退職させて空いた席に、安い給料の若年者を入れ替える」という選択肢も採りえたかもしれませんが、その席が空かなくなるわけで、今の調子で高齢化が進めば、若年者の席はますます空きにくくなるのではないか、と危惧しています。

この国の風潮からいって、お年寄りサイド、既得権益サイドにまずお金が回り、然るのちに(余っていれば)若年者に回ってくる、という可能性は、決して低くないのではないかな、と思っています。

そうなると、景気回復が雇用状況の好転に、いつになったら貢献するのか分かったもんじゃないな、というのが私の考えです。

個人的には、雇用の問題は、景気の問題というよりも(もちろん、その要素がゼロといっているわけではないですが)、世代間のアンバランスの問題ではないか、と思っているのですが・・。

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2013.01.07

読み聞かせ

こんにちは。スマイラです。

今日で、子どもたちの冬休みも終わり、明日からは、3学期の始まりです。

昨年は、長男の受験があったため、ちょっと例年とは違った雰囲気の冬休みでしたが、今年は穏やかに過ごすことができました。

長男は、この冬、人生で初めてアルバイトを経験しました。
大変だったようですが、いつかそれも実になる日が来ることでしょう。

ところで、ほとんど毎晩、次男に読み聞かせをしています。

たいていは妻が読んでいるのですが、昨日と今日は、3学期の準備もあったため、私が読みました。

次男は、少し前から、日本や世界の昔話の本を図書館で借りてきては、それを毎日読んでもらっています。

今読んでいるのは、日本の昔話なのですが、ひらがなが多いのと、方言で書かれているので、なかなか読むのも難儀です(笑)。

読んでみると、結構、面白い話が多いのですが、話に必ずしも「オチ」がないということに気がつきました。

「めでたしめでたし」とか「幸せに暮らしましたとさ」というのがなく、淡々と進み、淡々と終わります。

もちろん、現代の視点で見れば、それなりの教訓を与えることは可能ですけど、そういうことも特に書かれていません。

もしかしたら「おはなし」というのは、元々はそういうものであったのかもしれない、と、読んでいて思いました。

私たちは、何かひとつの話には、何かひとつの「オチ」とか「教訓」とか「テーマ」があるもの、という先入観が刷り込まれすぎているのかもしれません。

それで、オチも教訓もなく、淡々と終わるお話に物足りなさを感じる性分になってしまっているのかもしれません。

でも、元々は、こうして誰かが話すのを聞いたり、自分で読んだりして、冬の夜長でも少しでも楽しい時間を過ごすことができる、というのが、「おはなし」というもののそもそもの成り立ちだったのかもしれないな、と思ったものでした。

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Posted at 23:15 | 日常 | COM(0) | TB(0) |
2013.01.06

ドロップ化完了!

こんにちは。スマイラです。

昨年の終わりに、自転車をドロップハンドルにしました。
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こんな感じになりました。

私が乗っていた自転車は、いわゆる「フラットバーロード」というもので、フレームやタイヤはロードバイク(以下、単に「ロード」と書きます)とほとんど同じものなのですが、ハンドルは、普通のロードのようなドロップハンドルではなくて、クロスバイクやマウンテンバイクと同じフラットバー(横長でまっすぐのハンドル)のものでした。

先日も記事に書いた「銀輪の巨人ジャイアント」の自転車なのですが、この自転車は、ジャイアントの日本法人が企画したもののようです(ジャイアントショップで聞きました)。

ロードのハンドルをドロップではなくフラットバーにして販売するということについては、台湾の本社からかなり疑問の声が上がったようです。

それでも商品化した理由は、細いタイヤ、速いスピード、ドロップハンドル、と少々ハードルの高いロードの敷居を下げる、というところにあったようです。

私もそのお誘いにありがたく乗って、この手の自転車に乗り始めたのですが、それから6年ほど経った昨年末に、とうとうドロップハンドルに変えました。

その理由は、この自転車に乗り始めたときと同じものです。

この、タイヤが細く、スピードの出やすい自転車に乗り始めたのは、40歳を過ぎた頃でした。

なぜ乗り始めたかと言えば「今始めなければ、ロードには一生乗ることが無くなってしまうのではないか?」と思ったからです。

けれども、そのときは、ドロップハンドルを選ぶ勇気がなくて、フラットバーにしたのでした。

今回、ドロップハンドルに変えたのも「今ドロップとシフトの操作に慣れておかないと、一生ドロップの自転車に乗れなくなるのではないか?」と感じたからです。

ご存知の方も多いと思いますが、フラットとドロップでは、ギアもブレーキも、その操作はまったく違います。

まったく知らない方は驚かれるかもしれませんが(私も最初に知ったときはちょっとびっくりしました)、ドロップの変速機は、昨今のもののほとんどは、「ブレーキレバー(と、その手前にある一回り小さなレバー)」を内側(つまりタイヤ側)に曲げることによって行うのです。

前のギアも、後ろのギアも、大きいギア(歯車)に移動するときは大きなレバーを、小さい方に移動するときは小さなレバーを、内側に曲げます。

頭で理解するのは簡単ですが、歳を重ね、運動神経も衰えてくる中で、この操作感を体で覚えるには、早いに越したことはないと思い、昨年末に、約3万円かけてドロップハンドル化しました。

乗り始めてすでに1週間ぐらい経ちますが、操作にはかなり慣れたものの、体に染み込むというところまではいっていません。

数年はこの自転車で修行を積み、ドロップハンドルとシフトに慣れ、輪行もしてみて、然る後に新車を買うか、とひそかに企んでいます。

ちょっと心配なのは、その頃には、今、目覚しい勢いで進んでいるシフトの電動化が広がり、せっかく身につけた熟練(?)のシフト操作が何の役にも立たなくなっているかも・・?ということです(笑)。

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2013.01.05

プラネタリウム

こんにちは。スマイラです。

今日は、妻、長女、次男と四人で、府中市郷土の森博物館に行ってきました。

博物館とはいっても、こんな感じの古い家屋や建物が並ぶ広い公園のようなところです。
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ここには、プラネタリウムがあるのですが、そこのスクリーンで「ライフ」という映画を上映していることを知り、次男は動物が好きなので、観に行ってきました。

「ライフ」を上映する前に、プラネタリウムですので、星空のお話と上映がありました。

まったく自慢になりませんが、私は星とか天体のことを全然といっていいぐらい知らないので(こんな風に書くと少しは知っているように思われそうですが、本当に全然知りません(笑))、大変勉強になりました。

オリオン座の左上の星(ベテルギウス)が400光年、右下の星(リゲル)が800光年も離れているなんて、今日初めて知りました(笑)。

ってことは、今私たちが見ているオリオン座の光は、江戸時代より前に光っていたものってことでいいんですよね?(←まったく自信がない(笑))

「ライフ」をご覧になった方はご存知と思いますが、この映画は、BBCの制作したもので、いろいろな野生の生き物を、その生き物と同じ視点で撮った映画です。

プラネタリウムのドーム型のスクリーンで、半分寝転がって観たせいもあるのかもしれませんが、ものすごい迫力でした。

氷の海の上で出産するアザラシの子育て、地獄谷のニホンザル、ゾウ、タコ、カエルの子育て、イルカの狩り、クジラの求婚など、様々な動物の生態が映し出されます。

こういう野生の動物の映画を観ると「人間も動物の一種なのだなあ」と思うと同時に、「人間と動物を隔てている矜持とか理性というものを無くしたら、本当に獣に堕してしまうのだなあ」という思いを併せて深くします。

いずれにしても、一度ご覧になることをお勧めできる映画です。
機会があれば、ぜひご覧下さい。

また、お近くに来たときは、ぜひ、府中市郷土の森博物館にも行ってみて下さい。
広々としていていいところですよ!

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2013.01.04

銀輪の巨人 その2

こんにちは。スマイラです。

昨日の続きです。

ジャイアントは、台湾の会社ですが、中国市場に進出します。

そのときに採った戦略が、本書によれば、
「中国進出→低価格・大量生産→収益の悪化」という悪循環から脱し、「国内回帰→高価格・高品質生産→収益の向上」という新しいサイクルを作り出すこと
でした。

創業者の劉金標の言葉でいえば、
「安いものはいずれ逆立ちしたって中国に負ける。高い方で努力しよう、安いほうをあきらめれば、手が空いて、高いものをやれるようになると考えた」
ということです。

そして、日本のメーカーについて、著者は(ちょっと長い引用ですが)
「日本人にもっといい自転車を買ってもらえる余地はあったのに、日本の自転車メーカーは、日本の特殊な自転車市場(筆者注:ママチャリに代表される低価格の自転車市場)に対して受身のままで、そのガラパゴス的な特殊性を変えようとするのではなく自らを適合させようとしたところに間違いがあったのである。
ママチャリのような低価格の商品は、遅かれ早かれ中国製に駆逐される運命が待っている。その前に、中国には作れない高品質でブランド力のある自転車が売れるマーケットを日本において作り出すべく、業界を挙げて努力すべきだった。」
と書いています。

また、今やスポーツ自転車のコンポーネント(ギアやブレーキなどの部品のこと)で、世界を席巻するシマノの社長の言葉として、
「私どもも日本のメーカーであるので言いにくいことではありますが、日本には国内にマーケットがあっただけに、それに安住してしまったと思います。(後略)」
と紹介しています。

キーワードは、「現状維持」と「安住」なのかな、と思います。

どっちも遠ざけるのは難しいものですけど、嫌でもそれをしておかないと、早晩、にっちもさっちもいかなくなってしまう、ということなのだろうと思います。

今回読んだ本は、スポーツ自転車をテーマにしたものでしたが、今や日本を代表する産業であった電気製品も同じような状態に陥っているような気がしますし、これからを考えれば、他の産業もいつ同じような状態になるか分かったものではありません。

そういう危機を打破するために何かを考えなければいけないときに、この本に書かれたジャイアントの戦略は、ひとつの参考になるのではないか、と思います。

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2013.01.03

銀輪の巨人 その1

こんにちは。スマイラです。

年越しになってしまったのですが、この本を読みました。

「銀輪の巨人」の「巨人」とは、台湾最大の自転車メーカーの「GIANT(ジャイアント)」を指しています。

私の自転車も、先日妻に買った自転車もジャイアントですので、大変興味を持って読みましたが、期待に違わず、非常に示唆深い本でした。

自転車メーカーは、欧州を初めとして、米国、日本にも多くありますが、その多くは台湾でOEM(original equipment manufacturing)あるいは、ODM(original designing manufacturing)で製造されていることは、自転車マニア(?)の間ではほとんど常識になっています。

著者の疑問は、「なぜ、『ジャイアント』は台湾ではなく、日本に生まれなかったのか、ジャイアントの何が、日本のメーカーとの違いを生み出したのか」というものです。

それに対する、著者なりの解答らしきものも書かれています。

それは、私の見る限り、かつての日本の産業を支えてきた主要産業の多くが陥っている罠と同じか、若しくは近いものである気がしました。

ジャイアントは、自転車文化の根付いたヨーロッパではなく、アジアの(こういっては申し訳ないのですが)小国である台湾の会社ですから、決して古い会社ではありません。

会社設立登記は1972年10月とありますから、まだ40年ほどの会社です。
多くの日本の自転車メーカーより歴史はずっと浅いのです。

それがどのようにして逆転してしまったのか。
明日からもちょっとそのへんのことを書いてみたいと思います。

大げさに言えば、ジャイアントの採った道は、今後の日本が進むべき道のひとつを示しているような気もするからです。

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2013.01.02

シェア・ザ・ロード

こんにちは。スマイラです。

昨日回ってきた回覧板に、警察からの書類が入っていたのですが、その主旨は、府中市の(だったと思うのですが)交通事故の43%が自転車がらみである、というものでした。

日々、自転車に乗る者として「そりゃ、そうだろうな・・」という実感があります。

43%のうち、対歩行者、対自転車、対二輪車、対自動車がどれぐらいなのかが、書かれていないので分かりませんが、今のような道路行政をしている限り、この比率が大きく変わることはまずないと思います。

今日も、外出時に、否応なく甲州街道(国道20号)を走るはめになったのですが、とても自転車が車道を走れるような状態ではありません。

自転車は、車道の左側を走るというのが、道路交通法の原則ですが、現実として、道路とドライバーがそれを守らせません。

それでも、私は、歩道を走るよりは危険性が低いと考えて、車道を走り抜きましたが、もし、妻や子供と一緒に走っていたら、絶対に車道を走らせることはしないと思います。

車を運転する人たちは、しばしば「自転車は危ない」というようなことを言います。

私自身も、車を運転する機会がありますから、その気持ちは分からないでもありませんし、自転車を運転しているときでも、暗がりから右側通行の自転車を発見し、肝を冷やすこともあるように、自転車のマナーにまったく問題がないと考えているわけではありません。

けれども、百歩譲って、いくら自転車乗りのマナーが悪く、ドライバーが「自転車は危ない」と声高に叫んだとしても、ひとたび事故が起こったら、現実に怪我をしたり、場合によっては命までも落としたりするのは、車体に守られたドライバーではなく、むき出しの自転車の側です。

まして、暴走的な行為をしているのならともかく、普通に車道の左側を走っていても、威嚇を受けたり、すれすれを走行されて、肝を冷やす思いをしています。

そう感じさせる頻度は、自動車=ドライバーは、たとえば自転車や二輪車などの他の乗り物の比ではありません。圧倒的です。

ウィンカーを出さないで曲がったり、ハザードを点けたまま発進したり、左ばかりに気を取られて右から来る歩行者を無視して右折してみたり、本当に免許を持っているのか、そもそも車を運転する基礎的な能力がないのではないか、と思わせる人もたくさんいます。

「自転車が危ない」「原付が危ない」「歩行者が危ない」「車椅子が危ない」「年寄りが危ない」「子供が危ない」「ベビーカーが危ない」というのなら、自分が速度を落とすなり、止まって待つなりすればいい。

私は、自転車ですが、必ずそうしています。

他人を押しのけたり、威嚇して、少しもスピードを落とすことなく、道路をわがもの顔で走る権利は、誰にもないはずです。

それができるのは、消防車と救急車とパトカーだけです。

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